大原社会問題研究所と女性学研究


大原社会問題研究所と女性学研究


                                   二 村  一夫


 法政大学21世紀審議会の第11作業部会で、女性学研究センターの設置が検討されているとうかがいました。たいへん意義あることだと思います。ただ、あまり知られていないと思われるのは、法政大学、とくに大原社会問題研究所が、図書資料の収集整理の面では、すでに女性学研究センターとなりうるだけの実質をもっている事実です。そこで、お招きくださったこの機会に、大原社会問題研究所と女性学研究との関連について、簡単にお話しさせていただきたいと存じます。

 1) 大原社会問題研究所の歴史や現在の概況は、お配りしたパンフレットをごらん下さい。おそらく皆様は、大原社会問題研究所というと、もっぱら労働問題の研究機関だとお考えかも知れません。しかし、日本における女性学研究の歴史を振り返ってみると、大原社会問題研究所は、その草分け的存在だったと言えるのではないかと思います。

 初代所長の高野岩三郎は、社会統計学の先駆者で、日本で最初に科学的な家計調査をおこなった人物です。家計研究と労働問題研究は、女性学とも深い関わりがあります。おそらく近年のように、ジェンダー研究が盛んになるまでは、家政学と女性労働問題、それに女性史が、女性学研究のなかで大きな比重を占めていたのではないでしょうか。
 ご注目いただきたいのは、高野が、当時ではまれにみる男女平等論者だったことです。彼は、今から70年も前の1925(大正14)年に、「本邦に於ける婦人職業問題」と題する講演をおこなっていますが、そこでは「現代社会の二大問題は労働問題と婦人問題である」と指摘した上で、後者の解決の方向として「同一労働には男子と同じ報酬を、政治上には婦人参政権、教育上には男女機会均等を要求し、根強い堅塁を覆すより外にない」と論じているのです。そうした高野の指導のもとで、大原社会問題研究所は、日本の女性問題研究とりわけ女性労働に関する研究で、先駆的な役割を果たしたのでした。

 その中心となった一人が、専任研究員の中心だった森戸辰男です。森戸事件で有名な人物であり、戦後は社会党内閣の文部大臣になりました。彼は〈婦人労働問題〉を共通論題とする1918(大正7)年の社会政策学会の大会で、「日本における女子職業問題」と題する主報告をしています。この社会政策学会の大会は、おそらく日本のアカデミックな学会が、女性問題を中心テーマにした最初の大会だったのではないかと思います。
 森戸は、その10年ほど後にも、「日本における女子の職業活動──その範囲および動向」と題する論文を『大原社会問題研究所雑誌』第7巻第3号の巻頭で発表しています。森戸の他にも、女性学を自分の研究テーマの中心にすえた研究員に大林宗嗣がいます。彼は、『大原社会問題研究所雑誌』に「女給生活の調査研究」「堺市内職及副業の調査研究」などの論文を書いています。この女給生活の研究は、〈新職業婦人の生活と其の要求〉と銘打った詳細な調査票を1万枚、大阪市内の食堂、喫茶店、レストラン、バー、キャバレーに配布し、その回答結果を分析した仕事で、日本における女性学の先駆ともいうべき本格的な調査です。 このほか、研究員のなかには宮城(植田)たまよ〔のち参議院議員〕がおり、研究生には渡辺(志賀)多恵子もいました。ちなみに、日本の女性運動家のなかで、櫛田ふき、丸岡秀子は良く知られた名前ですが、ふきの夫の櫛田民蔵、秀子の夫の丸岡重尭は、ともに大原社会問題研究所の専任研究員でした。

 2) そうしたこともあって、研究所は戦前から、日本の女性運動を『日本労働年鑑』のなかの社会運動の部において記録し続け、その執筆のためにも女性運動に関するさまざまな資料を集めてきました。そこには、他の図書館や文書館にはない貴重なビラやポスターなどがあり、憲政記念館の〈近代日本の女性と政治特別展〉をはじめ女性運動に関する展示会などに貸し出しています。家族計画も研究所の研究テーマのひとつでしたから、文献資料だけでなく、産児制限器具のコレクションも残されています。女性運動の機関紙誌も少なくなく、友愛会の機関誌『友愛婦人』は、大原社研編《日本社会運動史料》のひとつとして法政大学出版局から復刻出版しました。また、研究所が創設される前に高野が中心になって実施した〈月島調査〉の家計簿の原簿も大事に保管されていますが、これは第一次大戦直後の日本の労働者家庭や小学校教員の家庭生活の実態を知る上で、またその家計簿を記帳した女性の知的水準を知る上でも、貴重な記録です。

 3) そうした過去の実績だけでなく、現在でも大原社会問題研究所はジェンダーについて関心をもって図書、資料を収集し、機関誌を編集しています。蔵書については、研究所は10年近く前から〈労働関係文献データベース〉を作成していますので、それを使って、「女性、ジェンダー、フェミニズム、家族、家庭、パートタイマー」といった件名で検索して、収集状況を調べてみました。その結果、和書が約3,000冊、洋書が約400冊、雑誌掲載の論文は2,000タイトル前後でした。全部をプリントアウトすると数百頁にもなってしまうので、和書と論文については1994年以降、最近2年間余の刊行分についてだけ打ち出してきました。これをご覧くださればお分かりいただけるように、市販されている図書だけでなく、地方自治体などが出している調査結果など、普通の図書館では集めていない記録もかなりよく収集しています。「日本における大学等女性学研究施設一覧」を拝見しましたが、そこに収録されている研究所の所蔵図書資料数と比べても、大原研究所はかなり上位に入ると思います。もちろん女性学研究をすすめるには、女性問題に直接関連する図書資料だけに頼るわけにはいきません。各種の事典・辞典、あるいは所蔵目録などの参考図書や統計類が必要です。さらに、女性問題を特に意識して実施されてはいない調査や研究にも、女性学研究にとって貴重な情報が含まれています。たとえば、『職工事情』などは、近代日本の女性の労働と生活を知る上では不可欠の記録です。そうした点を考慮すると、内外の労働問題、社会問題、社会運動の専門図書館・文書館である大原研究所は、他の女性学研究所のトップレベルのものと肩を並べても、けっしてひけをとらない水準にあると思います。

 さらに歴史的な記録、とくに女性運動の原資料などの面では、大原社会問題研究所は文句なしに他の研究所を超えています。さらに、そうした図書資料を集め、整理し、データベース化するスタッフの力量は、他の女性学研究所をしのいでいるのではないかと自負しています。ただし、アメリカをはじめとする諸外国の女性学の研究状況を考えると、洋書の収集は、質量ともに不十分というほかありませんが。 さらに大きな問題は、そうした図書資料を使って研究をおこなうスタッフの不足です。残念ながら、現在の専任研究員のなかには女性学の研究者はいません。しかし、法政大学の各学部に分かれている関連分野の研究者を、研究プロジェクトに組織し、これと大原社会問題研究所の文献情報センターとしての機能をあわせれば、法政大学は、短期間で女性学の分野での卓越した研究拠点になりうる潜在的な力をもっていると考えます。

 また、研究成果の発信の面では、月刊の機関誌である『大原社会問題研究所雑誌』は、不十分ながらジェンダー研究に関心をはらい、この数年間でも3回ほどの特集を出しており、また数多くの女性学関係の文献を書評してきました。今後はもっと力を入れたいと考えています。(別紙『大原社会問題研究所雑誌』掲載ジェンダー関係文献一覧 参照)。さらに毎年刊行している『日本労働年鑑』は、「女性労働」の章を設けて年々の女性労働の動向を記録しています。

 4) 専任研究員にはいませんが、大原の客員研究員や嘱託研究員のなかには、何人かの女性学研究者がいます。 客員研究員の王少鋒さんは、いま、東京女性財団の研究助成を得て「日中韓3国の女性記者に関する比較研究」をおこなっています。 嘱託研究員の浅野富美枝さんは『生きる場からの女性論』(青木書店、1995年)の著者です。今年の秋には、アメリカUCLAの大学院生 Elyssa Faison さんが、ジェンダー研究に関するテーマで博士論文を書くために来日し、大原研究所で研究する予定です。

 〔この報告の後で、兼任研究員の吉田健二氏は、東京女性財団の助成をえて、占領期の女性雑誌についての調査をすすめている。〕
 なお、研究所は利用者の資格をとわない公開のライブラリーですから、実際には、もっと女性学研究に寄与してきています。たとえば、女性労働運動史の研究者で、山川菊栄論集の編者、最近では従軍慰安婦問題などを研究されている鈴木裕子氏は、『日本女性運動資料集成』をはじめ、その仕事のかなりの部分を大原研究所所蔵の文献を基礎にすすめた方です。最近では、本学の学生や大学院生、他大学の学生も、研究所のデータベースを使い、所蔵文献を使って、女性学の勉強をしています。
 5) この他、同じ法政大学の付置研究所である日本統計研究所がジェンダー研究に強い関心をもって活動されていることも見落としてはならないでしょう。そのことは、同研究所が刊行された『女性と統計』(梓出版社、1994年)や、同研究所他訳で刊行されたモーリィ・グンダーソン著『コンパラブル・ワースとジェンダー差別』(産業統計研究社、1995年) などに示されています。

 6) さらに、もうひとつつけ加えれば、現在、大原社会問題研究所が本部事務を引き受けている社会政策学会は、日本のジェンダー研究の主要な学会のひとつです。大会ではしばしばジェンダー研究がとりあげられ、ジェンダー研究の分科会も組織されようとしています。こうした学会と研究所とのつながりを生かせば、日本の女性学研究者のネットワークをつくることは、それほど困難ではないだろうと考えます。

 7) 新しい研究所や研究センターをつくることは、学界全体にとって大きな貢献となります。ただ問題は、その中心となる研究者は、自己の研究を、かなりの程度、犠牲にせざるを得ないことです。とくに創設当初は雑務に追われることでしょう。新しい研究センターの成否は、そうした組織者となる意欲と覚悟があり、その適性もある研究者が見つかるか否かにかかっています。 そうした人材を発掘するためにも、いきなり研究所をつくるのではなく、共同研究プロジェクトから出発することが適切ではないかと考えます。






1996 年4月5日、《21世紀の法政大学》審議会の「女性と大学」をテーマとする第11作業部会で報告。掲載にあたり若干加筆(1997.11.20)。




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