二村 一夫 稿
研究動向 労使関係・労働運動
T
僅かな紙幅に1974年以降の研究を洩れなく記録することは不可能である。この欠を補うには『季刊労働法』96号(75年夏)から116号(80年夏)まで17回連載の「研究動向・労使関係論」、あるいは社会政策学会の年報巻末の「会員業績一覧」、また日本労務学会が72年以降年1冊刊行している経営労働研究双書に中山三郎が毎回執筆している「文献解題」等を参照願いたい。なお、労働運動史については小山弘健『続日本社会運動研究史論』(新泉社、79年)、『労働運動史研究』62号、63号所収の「文献目録」(是枝洋作成)が役に立つ。
II
70年代の労働問題研究で目立った傾向の一つに、労使(資)関係研究の比重の増大がある。かつて賃労働論、労働組合論、労働運動史等として追究された主題が、労使関係論や労資関係史としてとりあげられている。問題はキィ・タームに労使関係、労資関係の2語が使われ、論者によってどちらか一方のみを用い、あるいは併用するといった事態があり、しかもその意味について学界共通の理解が存在しないことである。研究者の価値観の多様化を反映したもので、見解の一致を見るのは容易でないと思われる。この点は既発表の論争的または交通整理的論稿からも明らかであるが、基本的概念にかかわる問題だけに、今後いっそうの検討が要求されよう。
V
最近の労使関係研究で数多くの成果をあげたのは実態調査である。60年代後半以降、組合調査部や社会学者による意識調査は盛んであった(その全容は石川晃弘『社会変動と労働者意識』日本労働協会、1975年、巻末の一覧表参照)が、経済学者による調査は一、二の例外はあったが低調であった。しかし、オイル・ショック後、日本経済は低成長に転じ、減量経営による雇用不安にもかかわらず労働運動は見るべき抵抗を示さず、春闘も連敗するといった情況は、労使関係の実態の解明をさし迫った課題として意識させ、再び実態調査が活発化した。
なかでも、高度成長を主導し、春闘相場をはじめ労使関係全体に影響力をもつ鉄鋼産業で多くの調査が実施され、民間大経営に共通する「協調的労使関係」の構造、動態が明らかにされた。道又健治郎ら北大グループの調査は技術革新による労働力編成・職場秩序の変化を社外工や系列企業の労働者まで含めて追究した〔1〕。氏原正治郎ら労使関係調査会は鉄鋼だけでなく、自動車、国鉄、中小企業の四部門で調査を行なった〔2〕。鉄鋼班は氏原・松崎義・仁田道夫らで、単産、企業連、単組の各レベルでの組織運営の実態が克明に追われている。なお、労使関係調査会の調査結果は本書だけでなく、参加者の個人論文の形で『社会科学研究』(東大社研)などに発表されている。このほか労働調査協議会、米山喜久治、糸園辰雄、石田和夫らによっても鉄鋼業の労使関係調査が行なわれた。また、鉄鋼、電機、造船、自動車、化学等の19の巨大工場を対象に、活動家と研究者の協力で実施された調査がある〔3〕。危機の下で右派労働運動の基盤がいかに矛盾を深めているかをさぐり、また、これに対抗する階級的結集の客観的主体的条件を解明するという実践的な意図で実施されたものである。
化学産業は小林謙一ら化学工業労使関係研究会が60年代後半以降、多数の調査を実施し、『日本労働協会雑誌』『季刊労働法』などに、小林、亀山直幸、町田隆男らの個人論文の形で発表している。小林らは企業内労働市場の構造、労使関係の矛盾を多面的に追い、同時に労働単純化論批判、職場集団の自律性等をめぐり熊沢誠らと論争を続けている。このグループの代表作に〔4〕がある。
自動車産業、建設産業は鉄鋼、化学などに比べ研究蓄積の乏しい分野であるが、前者は山本潔らによって〔2〕〔5〕、後者は高梨昌らによって〔6〕調査研究が進められた。なお、山本は労資関係概念の、高梨は労使関係的アプローチの優位を主張し、方法的に対立している。このほか公企体の労使関係については、兵藤釗、早川征一郎、遠藤公嗣、成島道官らによって国鉄、全逓などの調査がおこなわれた〔2〕。「新左翼」諸党派の運動の一部として国鉄、電電を対象にした調査に〔7〕がある。第三次産業についての調査は組合調査部によるもののほか、見るべき成果はない。
実態調査として見逃し得ないのは河西宏祐、嶺学らの「少数派組合」「第一組合」についての研究である〔8〕〔9〕。両者はともに、組合分裂後も組織を維持している「第一組合」に着目し、従来の企業別組合論が予想していない企業内複数組合の存在を明らかにするとともに「少数派組合」に企業別組合の欠陥克服の方向を見出している。戸塚秀夫らの倒産反対争議調査も、そこに新たな質の運動を見出している点で、共通した問題を提起している(〔2〕所収)。以上紹介した各調査グループをほぼ網羅し、最近の労使関係調査のサンプル版というべきものに〔10〕がある。
IV
歴史研究では日本より外国を対象とするものに多くの収穫があった。とりわけイギリスを対象とする研究に力作が目立った。これはイギリス資本主義の深刻な危機が労使関係の構造変化をひき起こしつつあり、それは伝統的な労働組合像の再検討を迫っているという共通の認識によるもので、大部分の作品が主題を労働組合と国家との対抗にしぼっていることが目を惹く〔11〕〜〔15〕。むろん、主題は共通でも方法は同じではない。たとえば、熊沢誠はイギリスの組織労働者の強靱な抵抗力に注目し、これを支える労働社会の自治、〈平等を通じての保障〉理念、それらの背後にある労働者のエトスを評価する。一方、栗田健はイギリス労使関係の構造の内的論理の展開を探り、労働組合がその自己否定を迫られる段階に直面していることを明らかにするといったごとくである。
このほか、賃労働史の視角からイギリス炭鉱業を分析した吉村朔夫〔16〕、一次資料を駆使してイギリス労働史学界の中心テーマの一つである「労働貴族」を論じた松村高夫の仕事(『日本労働協会雑誌』、1977年11、12月、『三田学会雑誌』1977年6、10月)も見逃せない。
イキリス以外では、イタリアについての河野穰、ドイツの野村正実、ロシアの辻義昌の研究がまとまった〔17〕〜〔19〕。すべて危機における労資関係に焦点をあわせている点で共通している。また、英米独仏伊五ヵ国の労資関係の構造と動態を歴史的に把握したものに〔20〕がある。
X
日本に関する歴史研究で目立ったのは、一経営を対象にし、労働争議を手がかりに労資関係を分析するという方法をとるものが多かったことである。第一次大戦前後の三菱神戸造船所の一連の争議を検討した中西洋(〔21〕所収)、第二次大戦直後の争議をとりあげた山本潔の研究〔22〕〔23〕などが代表的な成果である。このほか日本鉄道争議を対象とする青木正久、池田信(〔24〕所収)、三井三池争議を扱った平井陽一(『社会政策学会年報』23集)等がある。また、炭鉱業の賃労働史に関する村串仁三郎の研究〔25〕、鉄鋼労働運動における右翼的潮流を歴史的に追究した道又健治郎、全評に関する塩田咲子(以上『労働運動史研究』57,59号)、職場闘争を歴史的に総括した高橋祐吉(〔26〕所収)、鉄工組合の構成員を分析した三宅明正(『歴史学研究』1978年3月)、治警法の解釈、適用を具体的にあとづけ、第一次大戦後の労働政策の展開を検討した上井喜彦(〔24〕所収および『社会政策学会年報』23集)、笹木弘の海上労働運動に関する研究(『海事産業研究所報』153〜174号)、西成田豊の三菱造船所の経営構造と労資関係を追究した論稿(『龍谷大学経済経営論集』18巻1号以降)、労働者階級の内部構成、労働運動の構造、労働政策を統一的に把握することを試みた安田浩(『歴史学研究』1980年別冊)なども見逃せない。
Y
70年代の注目すべき動向に、国際比較による労使関係・労働運動研究の本格化がある。日本研究者が外国の労使関係を直接調査し、あるいは外国研究者のなかで日本を自己の研究対象とする人々が増えつつある〔27〕〜〔32〕。このなかでは、小池和男と熊沢誠の仕事が注目される。小池は職場レベルの労使慣行の日米比較によって、終身雇用、年功制などが日本的特質とはいい難いことを実証し、熊沢はイギリスとの比較で日本の労働者像を論じている。小池は実証に徹し、熊沢は大きな枠組みを把握しようとする点で対照的である。しかし、両者とも、日本と西欧の労使関係が共通の性格をもちうるとした上で、日本的特質を考える態度で共通している。
最後になったが、70年代の最大の問題作は〔33〕であろう。戦後の労働問題研究を方法史的、理論史的に批判し、総括したこの中西洋の大作は、80年代以降の研究において、絶えず問題とされ続けるに違いない。なお、関連して、菊池光造「労資関係研究の方法的視点」もあげておきたい(〔34〕所収)。
文献目録
〔1〕道又健治郎編『現代日本の鉄鋼労働問題』北海道大学図書刊行会、1978年。
〔2〕労使関係調査会編『転換期における労使関係の実態』東京大学出版会、1981年。
〔3〕向笠良一・戸木田嘉久・木元進一郎・高木督夫編『工場調査 巨大工場と労働者階級』上・下、新日本出版社、1980年。
〔4〕小林謙一『労働経済の構造変革』御茶の水書房、1977年。
〔5〕山本潔『自動車産業の労資関係』東京大学出版会、1981年。
〔6〕高梨昌編『建設産業の労使関係』東洋経済新報社、1978年。
〔7〕戸塚秀夫・中西洋・兵藤釗・山本潔『日本における「新左翼」の労働運動』上・下、東京大学出版会、1976年。
〔8〕河西宏祐『少数派労働組合運動論』海燕書房、1977年。
〔9〕嶺学『第一組合』御茶の水書房、1980年。
〔10〕社会政策学会年報・第25集『日本労使関係の現段階』御茶の水書房、1981年。
〔11〕熊沢誠『国家のなかの国家−労働党政権下の労働組合 1964−70』日本評論社、1976年。
〔12〕高橋克嘉「イギリス労使関係法の成立過程−労働組合主義と国家(1)〜(10)」、『国学院経済学』21−2〜27−2、1973〜79年。
〔13〕栗田健『現代労使関係の構造−イギリスにおけるその展開と破綻』東京大学出版会、1978年。
〔14〕相沢与一『イギリスの労資関係と国家−危機における炭鉱労働運動の展開』未来社、1978年。
〔15〕富沢賢治『労働と国家−イギリス労働組合会議史』岩波書店、1980年。
〔16〕吉村朔夫『イギリス炭鉱労働史の研究』ミネルヴァ書房、1974年。
〔17〕河野穣『イタリアの危機と労資関係』新評論、1976年。
〔18〕野村正実『ドイツ労資関係史論−ルール炭鉱業における国家・資本家・労働者』御茶の水書房、1980年。
〔19〕辻義昌『ロシア革命と労使関係の展開 1914−1917』御茶の水書房、1981年。
〔20〕戸塚秀夫・徳永重良編『現代労働問題−労資関係の歴史的動態と構造』有斐閣、1977年。
〔21〕隅谷三喜男編『日本労使関係史論』東京大学出版会、1977年。
〔22〕山本潔『戦後危機における労働運動−戦後労働運動史1』御茶の水書房、1977年。
〔23〕同『読売争議(1945・46年)戦後労働運動史2』御茶の水書房、1978年。
〔24〕『労働運動史研究』62、『黎明期日本労働運動の再検討』労働旬報社、1979年。
〔25〕村串仁三郎『日本炭鉱賃労働史論』時潮社、1976年。
〔26〕『現代の労働組合運動』7、『巨大企業における労働組合』大月書店、1976年。
〔27〕内藤則邦『イギリスの労働者階級』東洋経済新報社、1975年。
〔28〕小池和男『職場の労働組合と参加−労資関係の日米比較』東洋経済新聞社、1977年。
〔29〕隅谷三喜男編『労使関係の国際比較』東京大学出版会、1978年。
〔30〕飯田鼎『労働運動の展開と労使関係』未来社、1977年。
〔31〕中林賢二郎『現代労働組合組織論』労働旬報社、1979年。
〔32〕熊沢誠『日本の労働者像』筑摩書房、1981年。
〔33〕中西洋『日本における「社会政策」・「労働問題」研究−資本主義国家と労資関係』東京大学出版会、1979年。
〔34〕社会政策学会年報・第20集『労働問題研究の方法』御茶の水書房、1976年。
初出は、日本経済学会連合編『経済学の動向』第2集(東洋経済新報社、1982年)所収のIX 社会政策第四章「労使関係・労働運動」である。
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