《書評》
天池清次著、伊藤隆監修
『労働運動の証言──天池清次』
二村 一夫
本書は政策研究大学院大学のオーラルヒストリーシリーズの一冊である。語るのは1914(大正3)年生まれの87歳、労働運動家の天池清次(あまいけ・せいじ)氏。聞き手は伊藤隆氏を中心に、季武嘉也、梅崎修、黒沢博道の諸氏である。
天池清次氏は戦前、1928(昭和3)年に、15歳で総同盟神奈川鉄工組合の組合員となったのを振り出しに、戦後は神奈川金属主事、同組合長、全金同盟主事、同組合長、総同盟総主事、同盟会議書記長、同盟書記長、同会長などを歴任した生粋の労働運動家である。戦後の労働組合リーダーの多くが、企業籍を残して運動に参加し、あるいは政治家との二足の草鞋を履いた例が少なくないなかで、天池氏は労働組合役員を職業とし、「労働運動家に定年はない」と、その生涯を運動家として生き抜いた人物である。
聞き手の伊藤氏は「今日では主流となった旧総同盟系の運動史が、共産系・容共系の運動史に比して不当に低く評価されてきたのを是正しなければならぬと思い続けてきた」という。その立場から一連の労働運動家のオーラルヒストリーを企画され、最初に竹本孫一氏、ついで天池氏から聞き取りを行ったが、刊行されたのは本書が最初である。天池氏へのインタビューは2001(平成13)年4月から約1年間、1回約2時間、12回に及んだという。ヒアリングでは聞き手が質問要領を作成しこれに答える形のものもあるが、今回は天池氏が作成した年譜に添って質問する形をとっている。そのため著者が語りたいことは意を尽くしている反面、記憶の底に埋もれていたような思いがけない事実を引き出すといった点では、ややものたりない。だが、それは聞き手の意図したところではないのであろう。
本書の構成は、時代を追って語られた回想を、ほぼ年代順にまとめた10章に、全体を総括し今後の運動の展望を述べた「終章」を付し、全11章から成っている。500頁をこえる大冊の豊富な内容を紹介することは容易ではないが、まず本書の章立てを示して、全容をみておこう。
第1章 少年の志を育んだ川崎とその環境
第2章 戦時下と「ぴけの人生」運動一筋に継ぐ
第3章 日本民主化で労働の一翼担って立つ
第4章 そうだったのか、総同盟分裂とその真相
第5章 第二次民主化をめぐる左翼との抗争と「特需」
第6章 全労結成、民主的労働運動の拠点を確立
第7章 労働組合と政党、革新政党の形成求めて
第8章 相互信頼で難問克服、同盟実現へ筋道立てる
第9章 同盟躍進の基礎固めと建設的事業を主導
第10章 民間先行による実践的統一運動の展開
終 章 活動の足跡と今後の労働運動のあり方私案
第1章と2章の前半では戦前期の体験が語られているが、ここで目を惹くのは、著者の労働運動参加の契機である。労働者出身の運動家の場合は、職員との差別への怒りや、不当解雇、あるいは労働災害への遭遇といったことを契機とする人が多いのだが、著者の場合はやや特異である。1927(昭和2)年に14歳で就職した川崎の直喜鉄工所が、たたま総同盟の「締め付け(ユニオン・ショップ)工場」であったことから、自動的に労働組合員になったというのである。ただ著者の場合、戦時下の運動末期での参加だったため、後続の活動家がいない「びけの人生」、しかも組合は間もなく解散させられたから、労働運動指導者としての本格的な出発は戦後となる。
第2章後半から5章は、敗戦から1950年代の労働運動の激動期に関する証言で、著者が総同盟神奈川金属主事、同組合長、全金同盟主事などとして活躍した時期をあつかっている。ここでは、産報が戦後の企業別組合になったという研究者の主張に対する批判、アメリカ占領軍の労働政策に対する評価、神奈川金属労組が行った労務供給事業や、朝鮮特需終了にともなう離職者対策としての諸立法が後の炭鉱離職者法の先例をつくったとの証言などが注目される。
第6章以降は、著者が総同盟総主事、同盟会議書記長、同盟書記長、同会長として関与した運動体験が、労働戦線統一問題を縦糸として述べられている。ここでは、全労会議と総同盟の統一による同盟会議結成と2年後に同盟となる経緯、民間先行による労働戦線の統一運動のいきさつが、米寿を迎える人とは思えない鮮明な記憶力で語られている。直接当事者の証言であるだけに貴重である。横糸となるのは、松岡駒吉、西尾末広、中地熊造、高野実といった諸先輩や、滝田実、前川一男、春日一幸ら同年代の指導者についての回想である。あまり詳しいものではないが、著者でなければ知り得なかったエピソードもまじえ、興味深い。
終章は、前章までに触れられなかった国際的な運動や『総同盟五十年史』の刊行をはじめとする出版活動、社会経済国民会議や放送大学創立への関与などにふれ、最後に労働組合運動の現状と展望が語られている。ここで著者が「連合」の現状について、かなり批判的な口調で語っている点は興味深い。また、労働運動の今後について、労働者が生きがいを感ずるようなものとなるべきだとし、それを実現する手段として、職場から社会への進出、「連合」の権威を高める、「相互扶助」の徹底の3点を提唱している。これは労働組合指導者に対する呼びかけとしては理解しうる。しかし、賃金の切り下げや失業の脅威にさらされている組合員、あるいは組合にも参加しない一般労働者は、この提言をどこまで共感をもって受けとめるであろうか。
本書は、ヒアリング記録にありがちな人名の誤記がほとんどなく、「略歴年表」のほか、脚注がほぼ毎ページにつくなど、たいへん丁寧に編集されている。ただ、脚注の一部に、証言者の発言をそのまま繰り返すだけで注釈としての意味が乏しいものが散見され、また隅谷三喜男元東京女子大学長をお茶の水女子大学長とするようなミスがあるのも惜しまれる。
(A5判、572ページ、5000円、財団法人日本労働会館発行、青史出版発売、2002年10月刊)
初出は、『日本歴史』第667号、2003年12月号。
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