《書評》
隅谷 三喜男 編『職工および鉱夫調査』
評者:二村 一夫
明治大正期の労働問題・生活問題に関する調査報告の覆刻がはじめられた。「生活問題古典叢書」という、まことに地味な名がついている。本書はその第1回目で、日清戦争後に農商務省商工局が実施した労働者調査5編と、明治43年に石原修が農商務省の委嘱でおこなった「鉱夫ノ衛生状態調査」1編が収録されている。
明治期の労働者調査といえば、誰でもすぐ思い浮べるのは『職工事情』であるが、農商務省がこのほかにもいくつかの調査報告書を出していたことを、本書ではじめて知る人も少なくないであろう。それも当然で、これらの調査報告は部内資料として少部数印刷されただけであり、一般には容易に利用できなかったものばかりである。とくに『職工事情』の草稿とみられる「紡績女工ノ現状」は、今回はじめて日の目を見たもので、これまで不明だつた『職工事情』の作成経過を知る手がかりとしても貴重である。
また『職工事情』に先だって刊行された『工場及職工ニ関スル通弊一斑』も、従来はこれを紹介した新聞や雑誌記事によるほかはなかった「まぼろしの書」で、本書ではじめてその全容が明らかになったものである。
また、わが国最初のストライキ統計「労働者団体及同盟罷業ニ関スル調査」を見ると、すでにくり返し指摘されていることではあるが、この期の罷業(ひぎょう)統計の数字が、いかに信頼しがたいものかがあらためてわかる。隅谷三喜男氏による解説は、単なる収録資料の解題に終らず、日清戦争後の政府・民間の調査、とくに『職工事情』の作成にあたった農商務省工場調査係について詳しく、明治期の労働運動、労働者状態に関する資料のすぐれた手引きともなっている。
第2回以降には、内務省『月島調査』、石原修『女工と結核』、大阪市『余暇生活の研究』など、今日では容易に入手しがたい資料の刊行が予定されている。
隅谷三喜男編『職工および鉱夫調査』、生活古典叢書3、光生館、1970年、204頁
初出は『朝日新聞』1970年3月3日付、掲載に当たり、語句の一部を訂正した
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