二 村 一 夫 著 作 集

食の自分史(四)


コンデンスミルク

コンデンスミルク

 あれこれ書いている間に、もうひとつ大事な幼児期初期の食物を思い出した。コンデンスミルクと粉ミルクである。コンデンスミルクを知らない人はいないと思うが、牛乳に砂糖を加え濃縮したもの、つまり condensed milk(コンデンスド・ミルク=濃縮牛乳)である。この英語をカタカナ語化して「コンデンスミルク」と呼んでいるわけだ。漢字なら〈加糖練乳〉という。「練る」には「火にかけてこね固める」という意味があるから、「練乳」というのであろう。同じ牛乳を濃縮したものでも、砂糖を加えない〈無糖練乳〉の方は「エバミルク」だ。これが evaporated milk(エヴァポレイテッド・ミルク=水分を蒸発させ濃縮した牛乳)から来た日本語であることは、この文を書くまで気づかなかった。Evaという人の名前をつけた商品名だと勝手に思いこんでいたのだった。なお、もとの英語でも、加糖練乳は condensed milk、無糖練乳は evaporated milk と呼ぶそうだから、わりあい原語に忠実な日本語化なのである。

 コンデンスミルクは最近はチューブ入りが主流らしいが、当時は缶入りだった。エンジェルマークがついた森永の缶詰だったと思う。缶切りで一方に小さい穴をあけ、その反対側にちょっとだけ大き目の穴をあけて、そこからトローーっと流れ出てくるのをスプーンに受けて、そのまま舐めた。粉ミルクの方も森永で、こちらは大きな缶に入っていた。これを小皿にいれてもらって舐めた。コンデンスミルクとは違って少しぱさついたが、舌の上で融けると似た味がしたが、こちらは甘味が薄かった。当然のことながらコンデンスミルクの方が好きだった。

  私も弟も母乳で育ったから、コンデンスミルクも粉ミルクも人工栄養としてではなく、〈おやつ〉的なものだったに違いない。想像するに、弟が生まれて母乳が飲めなくなった私に、コンデンスミルクを舐めさせ、我慢させたのではないかと思う。どちらも、二村商店の商品だった。コンデンスミルクは、その後は食パンにつけて食べたり、イチゴにかけて食べることが多く、これはこれで美味いものだった。しかし、そのまま舐めたコンデンスミルクは、ほかの和風の〈おやつ〉にはない特別な味だった。まさに洋風の味に関する私の初体験だったのである。その意味で私の食の自分史にとっては欠かすことのできない大事な食物であった。その点では、ミルクキャラメルやカルケットも似たところはあるが、牛乳の味をそのまま濃縮したものだけにコンデンスミルクがもった意味は大きい。

 最近はあまりコンデンスミルクやエバミルクを見かけない。その理由は冷蔵庫が各家庭に普及し、牛乳を長期間保存できるようになったからであろう。コンデンスミルクは、おそらく果物に砂糖を加えて火にかけ、ジャムとして長期間保存に耐えるようにしたことからヒントを得て作られた製品ではないかと思う。つまり保存食だった。冷蔵庫の普及がわれわれの食生活に及ぼした影響はきわめて大きなものがあるが、濃縮牛乳の市場縮小もそのひとつである。もちろん、イチゴの甘みが強くなり、そのまま食べるようになったことも、コンデンスミルクの衰退を招いた一因かもしれないが。

〔二〇〇三年七月九日 記〕



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