二 村 一 夫 著 作 集

食の自分史(一六)


おふくろの味(2)──ライスカレー


ライスカレー

 実をいうと五目飯がどこまで文字どおりの「おふくろの味」だったのか、ちょっと自信がない。おふくろの傍には、家のことなら何でも出来るしっかり者の祖母がついていたから、ほとんど「祖母の味」だったと思われる。もっとも「おふくろの味」とは、もともとそういう性格のものだろう。その家に、代々受けつがれて来た味こそ「おふくろの味」であるに違いない。
  だが、今回のテーマである「ライスカレー」、これは間違いなしに「母の味」である。なぜなら、祖母は生涯「四つ足」の肉を食べなかったからである。牛肉も豚肉もまったく口にしなかった。わが家で豚肉の入ったライスカレーを作るようになったのは、祖母を信州に残して上京してからのことだった。

 話はそれるが、これも日本の食の歴史にかかわることだから、ぜひ書き残しておきたいことがある。それは祖母の「四つ足」の定義は、今のわれわれが考えるところとは違い、ウサギだけは例外だった事実である。兎は鶏の一種で、その証拠に兎は一羽、二羽と数える、というのである。確かにウサギ肉は鶏に近いさっぱりした味ではあったが、足はもちろん四本ついていた。
  どの宗教にも厳しい戒律の裏には、いろいろな抜け道がある。坊さんが酒を「般若湯(はんにゃとう)」と呼んでたしなんだように、明治の庶民は、身近な蛋白源の兎は「味は鶏そっくりだ」として、一羽二羽と数を数えることで、「兎は四つ足ではない」と言い訳して来たのだった。

 だからわが家のライスカレーは二村家に伝わった味ではなく、母が実家から持ち込んだものだった。母の父は、玄米食普及のために、しばしば試食会を開いている。そのメニューのひとつがライスカレーだったのである。もちろん、今のように出来合いのルーで作るものではない。豚こま、ジャガイモ、人参、玉葱などを炒めて煮込み、小麦粉でとろみをつけ、カレー粉で味を付けた、ごく普通のものだった。リンゴと蜂蜜の入ったカレーライスがあるなどとは、コマーシャルソングで教えられるまで、想像もしていなかった。もっとも、今ではヨーグルトを使ったり、チャトネーを入れたりと、いろいろ新しい味を試みているが。
  その頃、つまり小学生時代のわが家では、肉はそうしょっちゅう食べるものではなかった。その数少ない肉食の例がライスカレーだった。肉はもっぱら豚肉、それも今思えば脂身の多い「豚こま」だった。それも自分の皿にいくつ入っているか、大きさはどうか、姉や弟の皿と見くらべ、肉の数が少なかったり、大きさが違うと大騒ぎになった。飽食の時代の子供たちには、想像もつかない出来事だろう。

〔二〇〇四年八月十三日〕



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