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食の自分史 第2部 小胃期

1. 胃癌手術後の病院食(下)  五分粥 → 七分粥 → 全粥

1月23日(月曜) 術後10日目
 朝5時に目が覚めてしまった。窓外はまだ暗いが、快晴の空に半月がかがやいていた。それだけでちょっと豊かな気分になり、ミルクティーをつくって、U夫妻からお見舞いにいただいたクッキーを食べる。ひとつひとつが小振りで種類が多いので、いろいろな味が楽しめ、これまた豊かな気持ちにさせてくれる。
 朝食前に、筋力維持のための階段登りを始める。手術の翌日から癒着防止のためにリハビリに励むように指示され、廊下歩きは続けてきたが、階段を上下するのははじめて。手はじめに4階から2階まで降り、そこから4階へ戻ってみた。これでまったく問題がなかったので、つぎは段数を数えながら12階まで登った。わずか150段だがけっこうきつい。休憩をはさんで、12階と1階の間を2往復して朝のリハビリを終える。
 朝食はキャベツの味噌汁に五分粥、カブの煮物、梅干し、それに豆腐だった。今日から五分粥、つまり米1に水10のお粥になった。粥が濃くなったこともあるが、付いてきたのが甘ったるいなめ味噌でなく塩気のある梅干しだったので、粥をおいしく食べることが出来た。やはり米には塩分があう。豆腐は冷や奴ではなく、薄味の出汁で炊いてある。形のあるおかずは、それだけで嬉しい。
胃摘出手術後10日目の朝食

 食後間もなく、医師6人での回診があった。明日の夕方には生検の結果が出るので、その説明がある由。
 病院のおやつはパスし、リンゴ4分の1個をおろさずに食べる。歯ごたえが嬉しい。続けてこけし屋のクッキーを5、6個、緑茶をすすりながらゆっくり賞味する。ちょっと食べ過ぎたようでお腹が張った。
 昼食は、カブのすまし汁に五分粥、キュウリの酢の物、高野豆腐と人参の煮物、金目鯛の煮付けである。形のあるおかずが増えてきたので、食事が楽しくなる。ただ、おやつを食べ過ぎたこともあって、金目鯛は3分の1ほどでおしまいにする。 胃摘出手術後10日目の昼食

 夕飯はとき卵の澄まし汁、五分粥、ほうれんそうのお浸し、ジャガイモと人参の煮物、バナナ半本、鶏つくねの白菜巻き煮。最初のころの煮物とちがい、野菜が細切れでなくなった。おかずはどれも美味しく半分近く食べたが、汁はなぜか煙くさく、ちょっと口をつけただけでおしまいにした。
胃摘出手術後10日目の夕食

 夜のおやつは例によってカルピスとボーロ。カルピスだけ飲み、ボーロは全部残す。
 8時半に入浴しようしたが、前の人が時間を超過して入っており、10分遅れとなる。しかたなく、髪は洗わず、さっと身体を洗い湯船に浸かっただけでおしまい。



1月24日(火曜) 術後11日目
 快晴。 朝6時に、ミルクティーといっしょにクッキーを少々。もちろん、これは病院の給食ではない。その後、12階までの階段登り。脚力の衰えは明瞭で、退院前にできるだけ鍛えておかねば、と痛感する。一休みしたあと、もう一度12階まで往復し、さらに1階との間を往復。これでほぼ500段歩いたことになる。体重を量ると、風袋共で64.36キロ、実質ではおそらく63キロ台だろう。手術前より5キロほど減少したことになる。
 朝8時過ぎ、定例の教授回診。担当医はほぼ全員、そのほかに初めて顔をみる若い医師が3人。いずれも新人らしく、緊張した面持ちで隅にひかえていた。  
 朝食は千切り大根の味噌汁、五分粥、キャベツとタマネギの卵とじ、なめみそ、イワシの摘み入れと皮をむいたナスの煮物。味噌汁がうまい。イワシは骨を取り除いた上でたたいているらしく、きめが細かい。
胃摘出手術後11日目の朝食

 お八つは例によって牛乳200ccとMARIE。
 お昼はカブのすまし汁、五分粥、白菜のおひたし、ジャガイモの黄金こふき、鶏肉団子と人参とタマネギとろみ掛け。6割ほど食べる。

胃摘出手術後11日目の昼食
 おやつは、缶詰の黄桃にヨーグルトかけ、カルケット、オレンジジュース。
 夕方、術後の検査結果の説明があった。当初は教授から説明を受ける予定だったが、お忙しいご様子で、講師の先生が来室し説明してくださる。生検の結果、癌細胞の浸潤は筋肉層まで達していたから進行癌ではあるが、リンパ節への転移は認められなかった。抗ガン剤を飲むかどうかは、本人の希望によるとのこと。転移がないと分かっても、抗ガン剤を飲む必要があるのかどうか訊ねるが、はっきりしない。仮にご自身が私の立場ならどうなさいますかと聞くと、「私でしたら飲みません」とのこと。それで、こちらの心も決まった。
 夕飯は豆腐の味噌汁、五分粥、人参と春菊の煮浸し、缶詰の洋梨砂糖煮2切れ、春雨とエノキダケの煮物、白身魚・豆腐・白菜・人参・サヤインゲンの煮物。どれも不味いわけではないが、病院食そのものに飽きてきた。作る側は毎回食材を変え、メニューに変化をもたせる努力はしてくれている。ただ、消化しやすい食材を主体にした和食、それも煮物ばかりなので、飽きてしまった。順調に回復している患者の贅沢な要求と言われそうだが、フランス料理かイタリア料理風に調理したものか、和食でも焼き魚などを食べたい。そもそも外国の病院では、胃を切った患者には何を食べさせているのだろうか。まさか、和風の煮物ということはないだろう。 胃摘出手術後11日目の夕食



1月25日(水曜) 術後12日目
 晴れ。体液を排出するためのパイプ(ドレイン)を入れていた傷口がふさがったので、朝の検診の際、傷口に貼られていたテープが取り除かれた。これで傷跡を保護していた絆創膏のたぐいがすっかりなくなった。順調な回復ということのようだ。
 朝飯は白菜の味噌汁、七分粥、ゆで卵、なめみそ、人参と大根の煮物である。今日から五分粥を卒業し、七分粥になった。米1に水7の粥だそうだが、「七分」と呼ぶ計算の根拠が分からない。
胃摘出手術後12日目の朝食
 おやつは例のごとく牛乳200ccとMARIEが出る。MARIE1枚のほか、昨日手術の結果説明に立ち会ってくれた息子が差し入れてくれた上等なチョコを1個食べてみる。これもなんの問題もなく収まる。
 昼食の直前にS講師が来室「食事は時間をかけ、ゆっくり食べるように」とのアドバイスを受ける。自分ではゆっくり食べているつもりなのだが、医師の目から見ると、食べるテンポが早すぎるらしい。食事の時間は長年の習慣によるところが大きく、「ユックリ、ユックリ、良く噛んで」とたえず言い聞かせながら食べないと、ついつい早くなってしまう。
 昼食はコーンポタージュ、春菊のしらす掛け、七分粥、里芋と絹さやの煮物、白身魚の煮物である。このところ煮もの、にもの、ニモノと煮物ばかりなので食欲が起きない。家から持ち込んだ梅干しと一緒に粥はほとんど食べたが、魚や煮物はいずれも3分の1程度で終わりにする。

胃摘出手術後12日目の昼食

 夕食は、お麩のすまし汁、七分粥、缶詰の蜜柑10個、キャベツの煮物、ナスと人参の煮物、マッシュポテト焼き。煮物続きだったから、マッシュポテト焼きは珍しい。だが、ほとんど油をつかわずオーブンで焼いたもの。コロッケ風ならもっと美味しいのに。
胃摘出手術後12日目の夕食
 食事を始めたところに回診があり、明後日の午前中の退院と決まった。
 夜のおやつ、飲み物はいつも通りのカルピスだが、これまでのボーロが無塩のパンになった。パンは食べたいもののひとつだったが、これにはガッカリ。




1月26日(木曜) 術後13日目
 快晴。夜中に配信されたメールマガジン『Academic Resource Guide』が高野伝の完結を報じてくれた。
 朝食は、麩の味噌汁、なめみそ、七分粥、ツナとキュウリの酢の物、カボチャとさやの炊き合わせ。
胃摘出手術後13日目の朝食
 おやつは牛乳200ccとMARIEだったが、MARIEはやめて、チョコレートとこけし屋のクッキーを食べる。
 お昼は蕪のすまし汁、七分粥、ブロッコリーに鶏そぼろあん、キャベツの酢の物、豆腐と卵豆腐のくずあんかけ。最後のものは、豆腐と卵豆腐を重ね合わせる形で二層に仕立ててあり一見おいしそうだったが、期待に反した。
胃摘出手術後13日目の昼食
 午後3時前に年配の栄養士の方が病室まで来て下さり、退院後の食事指導。何を食べてもよいが、天ぷら、トンカツ、大トロなど脂肪が多く消化の悪いものは避けること、辛いものも良くない。大事なことは少しずつ、時間をかけて良く噛むことといったお話だった。
 夕食は大根の味噌汁、七分粥、バナナ1本、梅干し1個、長芋の煮物、鱈のあんかけ。
胃摘出手術後13日目の夕食
 

1月27日(金曜) 術後14日目
 晴れ。風もなく穏やかな、まさに退院日和。
 朝食は、はじめてパン食になった。本来なら全粥の予定だったが、栄養士の食事指導の際に希望を聞かれたので、朝食はパンにして欲しいと答えた結果が聞き届けられたものだ。内容は全粒粉らしき食パン1枚のトースト、ラーマ、チーズ、ジャム、パスタサラダ、グレープフルーツ、低脂肪ヨーグルトなどかなりの量がある。食べたい食べたいと思っていたパンだったが、冷めかけたトーストにマーガリンでは、美味しいわけがない。ガッカリ。こんなくらいなら、せっかく10日も単調な病院食を食べ続けたのだから、最後の全粥の食事にどんな煮物やデザートがついてくるのか、食べておくべきだったと後悔。
胃摘出手術後14日目の朝食

 8時50分教授回診。正式に退院許可が出る。入院から3週間、術後2週間での退院は、この病院では最短コースらしい。
お昼から、久しぶりに自宅での食事となる。何より炊きたての米の飯に鰺の干物が美味い。お粥や煮物はもううんざり。
 明るいうちに風呂に入り、体重を量る、64.6キロ、肉体年齢はなんと54歳、手術前より5歳も若返った。この「ナントヤラスキャン」という体重計は、体重、体脂肪率、肥満指数(BMI)などのほかに肉体年齢を出してくれる。手術前はダイエットしたり運動しても1歳若返らせるのは容易ではなかった。ところが胃を切って5キロやせたら、5歳も若返ったのである。どうやら原因は何であれ、体重減少が肉体年齢引き下げにもっとも効果があるらしい。「カラダナントヤラ」の設計者に、この新発見の珍事実を教えてやらねばなどと、つまらないことを考える。
 あちこちに電話やメールで退院のご挨拶。
〔2008.1.27〕





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