《書評》
ハイマン・カブリン編著
『明治労働運動の一齣──高野房太郎の思想と生涯』
評者:二村 一夫
編著者は、アメリカのブルックリン大学歴史学部の教授で、日本労働運動史の研究家である。 本書は、書名から受ける印象とはちがって、実際は「高野房太郎論説集」ともいうべきもので、彼が内外の新聞雑誌に寄せた、和文10篇、英文24篇の論稿を主たる内容とし、それに大河内一男氏の小論「労働運動史上における高野房太郎」と、カブリン氏の既発表論文「高野房太郎──一労働運動指導者の生涯と思想」(『国家学会雑誌』第70巻70号)を附したものである。
カブリン氏はこの論文で、高野房太郎が日本の労働運動の草創期においてきわめて重要な役割を果したこと、とくに日本最初の労働運動の宣伝文として有名な「職工諸君に寄す」が、彼の筆になることを論証し、さらに高野の労働運動に対する考え方がAFL(アメリカ労働総同盟)の創始者サミュエル・ゴムパースの強い影響を受けていること、しかし高野が決して無批判的な追随者ではなく、日本の現実をも考慮していた。それは、彼がゴムパーズとはちがって、運動におけるインテリの役割を重視していたことに示されている、と論じられている。 この主張には別に反対すべき点はない。ただ、これをもって「高野房太郎の生涯と思想」というのでは、いささかもの足りない。とくに高野が指導した労働組合期成会、鉄工組合等の活動があまりかえりみられていないため、高野の思想や行動が日本の労働運動にどのような意義を有していたのかが、明らかでない。
とはいえ、これまでわれわれがこの時期の運動を知る材料としては、片山潜・西川光二郎『日本の労働運動』、横山源之助『労働運動の序幕』など1、2冊の書物以外にはほとんど頼るべきものを持たなかった中で、カブリン氏は、みずから新たな史料を発掘され、これを公開されたことには大きな意義がある。 本書に収録された高野の論稿のうち、和文篇のいくつかは、すでに西田長寿氏によって『明治文化全集・社会篇』などに収められているが、英文篇はすべて未発表のものであり、しかも高野が実際に運動に従事しているさなかで書いたものだけに、きわめて貴重である。
ハイマン・カブリン編著『明治労働運動史の一齣』
有斐閣 1959年、A5判256ページ
書評の初出は『読書新聞』1959年10月5日。掲載にあたり一部の語句を補正した。
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