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事務局長落第記

二村 一夫


 私に『労働運動史研究』を渡して入会を勧められたのは大学院の指導教授・石母田正先生でした。戦後早くから運動史研究の重要性を強調され、研究会創設の中心人物の一人だった林基さん経由だったのでしょう。ガリ版刷りで表紙もなく、タイトルの下の発行者名の一部が墨で消してありました。民主主義科学者協会東京支部歴史部会労働運動史研究会準備会と「寿限無」顔負けの長い名前を、初めの17字を消し労働運動史研究会準備会としていたのです。いま手元にある墨塗り機関誌は第4号だけですから、大学院に入った翌年の1957年春のことです。明治大学と並んで例会に会場を提供してきた法政大学の院生ということで、最初から、今の運営委員にあたる事務局員を仰せつかりました。
 以来今日まで、研究会にはできるだけ出席するよう心がけてきました。例会の出席率、出席回数では、たぶん私がトップでしょう。運営委員としての義務感もいくらかありましたが、耳学問で専門外のことも学べる楽しさがあったからです。その意味で、労働運動史研究会は「私の大学」いや大学院でした。報告で記憶に残るのは、大河内〔一男〕さんの、話し言葉がそのまま文章になりながら、常に問題提起的な内容をもったものなど幾つかあります。ただどちらかというと研究者の報告より、実践家の「独断と偏見」に満ちた話の方が印象に残っています。例えば西川文子、神山茂夫、渡部義通、戸沢仁三郎といった方々です。
 研究会についての思い出は他にも多いのですが、やはり書き残して置くべきは事務局長時代のことでしょう。忘れもしません1978年の春、イギリスとアメリカにそれぞれ9ヵ月、ヨーロッパ各国1ヵ月など2年近い留学をやむなく切り上げ、期日ぎりぎりの3月31日に帰国した私を待っていたのが、この事務局長の話でした。「中央大学が八王子に移転するので、法政で事務局を引き受けることになった。ついてはお前が責任者になれ」と、中林賢二郎さんと高橋彦博さんが談合の上、私に押しつけてきたのです。その任にあらずと再三辞退しましたが、お二人には留学の間『日本労働年鑑』の執筆を肩代りしていただくなど迷惑のかけどおしでしたから、いかに私でも断わり難い状況でした。「研究所の人たちに相談の上」と逃げてみましたが、ここもすでに中林さんの手が回っており、亡くなった大野喜実さんに「僕が手伝いますから引き受けたらどうです」と言われ、結局押し切られてしまいました。1984年にまたアメリカへ行くことになり、栗田さんに後任をお願いするまで、満6年間の事務局長生活です。
 事務局長22年の塩田さんに比べればごく短期間ですが、私には荷の重い仕事でした。大過なくその任を果したと言えるのならよいのですが、実際は『労働運動史研究』を休刊させてしまいました。それも歴代編集長が出来るだけ売れるものをと努力してこられのに、私はいくらかでも学術的にしようと意識的に売れない本を作りましたから、たちまち発行所に刊行を断わられたのです。そうでなくとも労働関係の書物が軒なみ売行きを落とし始めていた時期に、誤った判断をしたものです。ただ実のところ、年1回の単行本形式の機関誌には問題があると思っていましたので、断わられたことにそれほどショックは受けませんでした。「あんな葡萄はすっぱいや」と言っているのですが、機関誌を単行本として出したことは会の財政を安定させ、対外的にはそれなりの活動を印象づけはしました。しかし、全国的な研究会としては空洞化傾向が避け難かったのです。地方会員は、研究会に出席できないのに、自分の関心のある号はどこの書店でも買え、あるいは図書館でコピーできるとなれば、入会するメリットは少ないからです。それだけが原因ではありませんが、最盛期に300人を超えていた会員は、1975年には100人そこそこ、会費の長期滞納者を差し引くとこれを大きく割り込んでいました。島崎事務局長のもとで、かなり盛り返してはいましたが、まだ東京中心でした。そこでタイプ印刷で『会報』を出し、会員以外に『会報』は売らないことに方針を切り替えました。これはいくらか成果をあげたように思います。また、全国の労働運動史研究者の交流集会を開くことで、全国組織としての機能を回復しようとし、これもかなり歓迎されたと自負しています。ただ、『会報』の編集を若手中心の編集委員会に移すことで、会の組織的な運営と若返りを図ろうとしましたが、こちらは余りうまくいきませんでした。『会報』に切り替えた時は、いずれ『労働運動史研究』の復刊が可能だと思っていましたが、その後8年たっても、そのメドもたっていません。なかば意図的にそうした方向へもっていった私の責任は重大で、事務局長落第と言うほかないでしょう。



初出は『労働運動史研究会会報』No.17(1988年11月)、創立30周年特集号



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塩田庄兵衛先生           追憶・大原慧さん


法政大学大原社会問題研究所          社会政策学会


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Written and Edited by NIMURA, Kazuo @『二村一夫著作集』(http://nimura-laborhistory.jp)
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