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高野房太郎とその時代 (91)




6. 労働運動家時代

運動方針をめぐり対立

高野房太郎「鉄工組合刷新私案」、1900(明治33)年5月15日付『労働世界』第61号掲載。

 治安警察法の公布前後、房太郎は公私ともに厳しい状況に追い込まれていました。生活面では常任給与返上にともない大幅な収入減に悩む一方、運動面では鉄工組合の刷新策や運動の将来構想をめぐって、片山潜との対立が抜き差しならぬ段階に立ち至っていたのです。
  片山潜との対立は、もちろん今に始まったことではありませんでした。社会主義反対の立場をとる房太郎に対し、片山潜は次第に社会主義支持の立場を鮮明にしていました。とはいえ、労働組合運動の実践面では、両者の間にさほど大きな違いはありませんでした。共済活動や共働店によって労働者を結集させ、組織の拡大強化を図るという点では、二人の間に相違はなかったのです。しかし、治安警察法の公布は、事態を一変させました。

 まず問題を提起したのは片山でした。治安警察法公布直後の『労働世界』第57号の巻頭に「労働運動の前途」と題する論稿を掲載し、運動方針の転換を強く主張したのです*1

 〔前略〕 今や治安警察法制定とともに既に開始したる労働運動もその方針を一転して政事運動として決行せざる可からざる気運にいたれり。従って労働者政党を組織するの必要は現出したり。〔中略〕
  組合運動の性質として、労働者は直接に資本家に当り、時にあるいは抵抗せねばならぬ事あり。しかるに一朝労働者が政事運動を以てその目的を達せんとするに至りては、決してかかる衝突の起こる憂ひなく、正々堂々撰挙場に於て、帝国議会に於て、おもむろにその目的を達するにあり。故にその運動や国家的にして、その目的や広遠なり。彼の区々に同盟罷工を起し工業に障碍(しょうがい)を来すが如き児戯に類する運動の比にあらず。而して同時に、一層の耐忍を要し、堅全の志操を有せざるべからず。目前の利益は犠牲に供して国家百年の大計を樹立せざるべからず。其運動の順序は、
  第一 国民的政事の研究を勤むる事
  第二 国民的社会経済を講究する事
  第三 前条の目的を達する為め政治倶楽部を組織する事
  第四 政事運動の基礎を鞏固(きょうこ)にする為め大いに政事経済及社会思想を普及するに勤むる事
  第五 労働者独立政党を組織して、平和の下に政事運動を為す事
  第六 政事運動の第一着として普通撰挙を得るに極力先鋒を向くる事
  第七 政事運動を為し、また帝国民として常に奉ぜざる可からざる帝国憲法の研究を〔に〕努め、終始一貫之を服膺(ふくよう)して此範囲内に運動することを忘れざらしむる事

 この主張の新しさは、労働者政党を組織し、政治運動に乗り出さなければならないと論じた点にありました。その意味で、この提言は、日本の労働運動の歴史において、画期的な内容を含んでいました。ただ問題は、ストライキについて「区々に同盟罷工を起し工業に障碍(しょうがい)を来すが如き児戯に類する運動」と決めつけるなど、組合運動軽視、労働組合否定の傾向があらわな点でした。目前の利益のために資本家と衝突するような運動を続けるより、国家百年の計を樹立するための政治運動の方が重要であると主張したのです。

  房太郎も、このころすでに普通選挙期成同盟会に入会し、同会の幹事に就任しています*2から、政治運動の必要性は理解していました。しかし、房太郎にとって最大の目標は、労働組合運動を日本に根付かせることでした。おそらく、こうした片山の提言には、強い危機感を抱いたに相違ありません。彼はこの提言に対し直接反論する形こそとりませんでしたが、「職工組合に就て」と題する長大な論文を『労働世界』に寄せ、労働組合の役割について懇切に述べ、改めてその意義を強調したのでした*3

 一方片山潜は、政治運動への転換を呼びかけただけでなく、財政危機に陥っていた鉄工組合の改革についても新たな提案をおこないました。「速に刷新すべし」と題する一文がそれで、『労働世界』に掲載されました*4。この論稿は、鉄工組合の救済制度の問題点を鋭くつき、共済制度の全廃を主張するものでした。この論稿も執筆者名は記されていませんが、片山潜であることは、『わが回想』に同様の文章が記されているところから明らかです*5

    ●速に刷新すべし
 本組合は生れてここに二年五ヶ月の歳月を重ね、入会者の数五千四百余名に及びしも、現今たしかに月々の経費〔組合費〕を納付する者僅に千名にして、ほとんど五分の一に過ず。顧みて昨年の本月頃に比せばその寂寥の光景うたた凄絶の懐〔思い〕に堪えず。嗟実に此の衰勢を招きたる原因果して何れに在るか。一々枚挙にいとまあらずと雖も、先以て不相応なる救済制度の如きは其一因なりと信ず。今にして処決する所あらずんば、また回復すべからざるに陥るも計り難し。故に敢てこの不振の状を訴えて諸君の猛省を請ひ、おもむろに後図を為さんと欲す。
 そもそも「組合の性命は救済にあり」とは吾人等しく唱導し、又親しく確信したる所なり。然るに今日迄施し来りたる救済の跡を見れば、果して奈何(いかが)。請ふ左に説明する所を見よ。
 一金八千二百五十四円八十銭二年間経費領収高
 内
   金三千八十二円八十五銭 病気死亡救済金支払い
組合の性命と頼む所の救済に対し経費領収高の半を支出したるは是当然の事なり。然れども此救済金を受領したる者の状況は如何。即ち
 一 二百五十一人 救済金受領者総数
 内
   二十六人  死亡
   六十五人  退会
   五十七人  除名
   八十二人  数ヶ月経費を滞り居る者
 〆 二百三十人
 差し引き二十一名  現に経費を納入する者
嗚呼(ああ)実に救済の恩典に感じて相変らざる者僅に二十名に過ぎずとせば、吾人の予期したるが如く、組合の性命は救済に在りとの実を証明し得るか。否々、事実はまさにその頼むに足らざるを証するにあらずや。果して然らば熱心に誠意に組合の拡張に努め、確実に経費を納め、しかも健康にして一度も救済を受けたることなく、なお将来も揮つて組合の為に尽力せんと欲する誠意及び熱血は、是等の不誠実不熱心にして毫も同情の念なく、僅かに二三円の経費を納めて廿円に近き救済金を領し、あたかも富籤(とみくじ)にて僥倖したる如き観念を抱き、袂を払つて退会する破廉恥漢(はれんちかん)に向かつて投下するは、いささかの益あるを見ず。〔後略〕

 この論稿は、鉄工組合における共済制度の失敗を、数字をあげて仔細に説明しています。とりわけ、これまで救済金を受領した251人の組合員の現況を示した点は、この共済制度の欠陥を鋭くついています。なにしろこの251人中、今なお組合費を納入している者が僅か21人と1割以下であり、救済金を受け取った後、退会した者が65人、除名処分を受けた者が57人、現に組合員であっても数カ月間組合費を滞納している者が82人という数は、この救済制度が組合員を組織に繋ぎ止める力を持たなかった事実を強く印象づけるものです。
  しかしこの論稿は、労働組合指導者の発言としては、不適切な点があります。共済給付の対象となったのは、長期間病気や怪我で働けなくなった労働者です。そうした人びとのなかには、組合費を払いたくても納入できない者がいたであろうことは、容易に推測されます。そうした労働者までをもひとしなみに「破廉恥漢(はれんちかん)」と呼び「不誠実不熱心にして毫も同情の念なく」と糾弾して良いものでしょうか。鉄工組合の救済制度を失敗と決めつけるだけでなく、250人余の労働者の窮状を和らげ得た点も評価すべきだったでしょう。
  何よりこの論稿は、鉄工組合が短期間で延べ5400人もの組合員を集める上で、救済制度が大きな役割を果たした事実を無視しています。さらに、救済制度こそが組合の衰退を招いたとする判断にも疑問があります。救済制度の赤字が財政危機の原因となったことは明らかですが、制度の存在そのものが衰退の原因だったわけではありません。財政難の解決策としても、救済制度の廃止だけでなく、組合費の増額、あるいは支給条件の見直しなど、検討されてしかるべき問題があったと思われます。とりわけこの発言で、不適切なのは、「健康な労働者」と「救済を受けた労働者」とを対立的にとらえる視点でしょう。
  もっとも、組合員のなかには、救済金をあたかも「富籤(とみくじ)」にあたったように考える労働者がいたであろうことも容易に想像されます。そのかぎりでは、このような批判が、それなりの根拠をもっていたことも明らかです。鉄工組合が、さまざまな場で、こうした「堕落職工」の問題を論じているのも、一部労働者の道義の欠如が、鉄工組合の財政危機の背景にあると考えていたことを覗わせます。 

 房太郎は、ここでも直接この提案に反論する形はとらず、救済制度を存続させるため、次のような解決策を『労働世界』に寄せています*6

   ●鉄工組合刷新私案
 鉄工組合の刷新策として提供せられたる財団法人組成の事は余の大いに賛成する所なりといえども、その是を為すの手段としていわゆる「組合の生命」たる救済制度の大部を破棄せんとするが如き、はたまた財団法人組織を以て今日の衰勢回復の手段となせるが如きは余の大に採らざる所なり。
  余が刷新策として提供せんとするは、今回新たに発布せられたる産業組合法案中の信用組合制度により鉄工組合員の経費〔組合費〕の一部を割いて信用組合の基金となし、他日機を見て信用組合の営業に着手するにあり。若し此事にして行われんか、厳密なる法令の下に組織せられ、周到なる政府監督の下に事務を採るが故に、組合の信用は為めに蘇然としてたかまり、組合員の組合に対する感情も為めに一層の強固を加ふべしと信ず。〔中略〕
  更に余は〔組合費〕中より毎月一名に付金三銭宛を割いて、是を入会金と共に財団法人の基金となさん事を望む。
  信用組合及財団法人基金として六銭を控除せる残余金十四銭は組合事業の資金となすにあり。試みに此残額を分算すれば、本部費を三銭、期成会費を三銭、各支部費を二銭とし、残り八銭を以て救済制度を施行せるにあり。 尚之を詳論すれば、今日の会勢上会務の執行に妨なき範囲内において本支部両費の削除をなし労働世界の頒布を一回として期成会費を低減し、更に救済制度に就いては従前の病気救済金日額十五銭を改めて十銭(救済日数、葬式費、遺族救助費、類焼見舞金等は従前のままに据へ置く)となすにあり。斯くせば組合の生命たる救済制度は唯其面目を改むるのみにして全然若しくは大部消滅の悲運に陥るなきを得せしめん。〔後略〕

 こうした路線上の対立に決着をつけるため、1900(明治33)年6月9日の鉄工組合本部委員総会が開かれました。この会合について『労働世界』の《組合彙報》欄はつぎのように報じています。

 去月九日は、兼て報じたる如く鉄工組合本部楼上に於て本部委員総会を開きたり。始めは委員の出席少なきが為め、協議会を以て議事を進行し、間もなく定数以上の委員を得たるを以て本会議に移し、会計の実況を報告せられ、組合の刷新策を討議し組合の将来を思意するに、疾病火災の救済を停止する必要を認め、高野氏も其私案を撤回せられ、参事会案も実行の見込みなく、遂に広告欄内に見る如き決議は満場一致を以て確定せり。〔後略〕

 この本部委員総会で確定した決議について『労働世界』は次のような広告を掲載しました。

        広告
 背景明治三十三年六月九日開会之鉄工組合本部委員総会にて左之通り決議相成候間此段御報道申上候也
    決議之要領
 一、 死亡に対する救済金の拾五円を拾円と改正する事
 二、 疾病火災及び負傷等に対する救済金を当分の内停止する事
 三、 組合之経費支途を改正して
  (イ)本部費及死亡救済金拾銭、(ロ)支部費弐銭、(ハ)新聞一回之代金弐銭、(ニ)積立金を六銭とする事
 四、前条の改正は来る七月一日より執行する事
 五、鉄工組合は財産及積立金を合せて財団法人となす事
 六、役員改撰は財団法人の組織完成する迄延期する事
 七、旧鉄工組合書記相谷鉄五郎辞任に付慰労金弐拾五円を贈与する事
 ママ、本部将来の方針は参事会に一任する事

 けっきょく房太郎の提案は、他の委員の支持を受けることなく、自ら撤回を余儀なくされたのでした。その結果、鉄工組合は、死亡救済金を減額して残しただけで、他の救済制度はすべて「停止」することに決定したのです。「停止」という言葉を使ったのは、財政状態が回復すれば復活する含みがあったのでしょうが、ついにその時は来ませんでした。
  救済制度こそ労働組合の生命であると位置づけ、その役割を強調してきた房太郎の最後のたたかいは、かくて完全な敗北に終わったのでした。



【注】

*1 『労働世界』第57号(1900年3月15日付)、復刻版531ページ。この「労働運動の前途」と題する論稿は無署名であるが、『労働世界』の巻頭論文であること、さらにその論旨や彼のその後の行動からみて、片山潜の執筆であることはまず間違いないと思われる。

*2 『労働世界』第58号(1900年4月1日付)の《普通選挙の天地》欄に、高野房太郎が普通選挙期成同盟会に新に入会し、補欠選挙で幹事に選任されたことが記されている。復刻版544ページ参照。

*3 『労働世界』第60号(1900年5月1日付)および第61号(同5月15日)、復刻版561ページ、569〜570ページ。この全文は、高野房太郎『明治日本労働通信』(岩波文庫)、436〜447ページに収録されている。

*4 『労働世界』第59号(1900年4月15日付)、復刻版552ページ。

*5 片山潜『わが回想』(上)334〜336ページ参照。

*6 『労働世界』第61号(1900年5月15日)、復刻版570ページ。全文は『明治日本労働通信』(岩波文庫)、448〜451ページ参照。






Written and Edited by NIMURA, Kazuo
『二村一夫著作集』
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