職工義友会  『職工諸君に寄す』




 来る明治三十二年は実に日本内地開放の時期なり。外国の資本家が、低廉ていれんなる我賃銀と怜悧れいりなる我労働者とを利用して、巨万の利を博せんとて我内地に入り来るの時なり。左れは性行風俗習慣の相異なるのみならず、兼ては労働者を苛遇するとの評ある彼等外国の資本家は、今より三年ならずしてまさに諸君の雇主たらんとす。形勢かくの如くなれば諸君は今よりして早く此に対する準備をなさずしては、或は欧米労働者の受けたると均しき弊害に苦しむなきを必すべからざるのみならず、また近時の有様を以てすれば同じく我国民たる雇主と諸君との関係も工場、製造所の増すと共に日々変化を生じて到底とうてい実利以外情実の入るを許さず、強き者は勝ち弱き者は破られ、優る者は栄へ劣る者は倒るゝの時世に赴きつゝあることなれば、此間に立ちて能く勝ち能く栄ゆることは仲々容易の業にあらず。して外国人も入り来たることなれば、諸君は覚悟の上に覚悟をなし、かの他人の為めに苦境に陥れらるゝことなく、競争のちまたゆるやかに其地位を保つの工風〔工夫〕を為すこそ肝要ならめ。
 れ労働者なるものは、元来他の人々の如く、其身体の外には生活を立て行くべき資本なき者にて、所謂腕一本すね一本にて世を暮し行くことなれば、何か災難に出遇であいて身体自由ならざることとなり、又は老衰して再び働くこと能はざるに至る時は、たちまち生活の道を失ふて路頭に迷ひ、又は一旦死亡するときは跡に残れる妻子は其の日の暮しに苦しまん。其有様はあたかも風前の燈火の如くにして、誠に心細き次第なりと謂ふべし。左れば労働者たる人は、古人の所謂いわゆる易きにありて難きに備へよとの教を守り其身体の強健なる内に他日の不幸に備ゆるの道を設けでは、人たるの道、夫たり親たるの道にそむくも計り難し。実に諸君の熟考を要する所なり。
 又我国の文明開化なお未だ今日の如く進まず、機械など行はれざりし昔時に於ては、諸君の妻子は家にありて仕事をなして暮しの補助をなし得たれとも、工場製造所の盛なると共に家を守るべき妻も家を出でゝ工場に働き、頑是がんぜなき子供さへも機械と共に働くこととなりけれは、家内の中は自然に乱れ、又時には子供の生命を危くすることもありて、人を利すべき機械が其使用法の悪しき為め、却て人を害する奇観を呈するに至りたり。又或工場に於ては身体繊弱なる小児をして大人さへも長きをかこつ労働時間に服さしむることありて、ほとんど小児の生血を絞るに等しきことありて、親としては誠に忍び得べき者にあらず。之を思へば諸君は奮進一番之に対する方法を施し、其家を整へ其子女の生命を保護せざるべからず。返へす返へすも諸君は、人の生命を絶つものは唯々殺人犯者の凶器のみにあらざることを思はざる可らず。
 さは云へ、之を思へば、家を守るべき妻、学校にあるべき小児が工場に働くとは誠に不自然極りたる次第にて、更に其原そのもとを尋ねて賃銀の安き為め男一人の腕にては妻子を養ふことを得ざるに依ることを思へば、誠に一大恨事の極なりと云はざるべからず。之を思へばいやしくも夫たり其妻に安易なる生活を与へざるべからず、苟も親たり其子を無教育に終らしむべからずとの気概は諸君の当然起さゞるべからざる者にて、一度此気概を奮ふて事に当りなば、遂には彼の不自然を匡正きょうせいするの道立ちて諸君の面目も立つことならずや。
 尚ほ一事の云ふべきことは諸君の行為に就てなり。諸君は其労力を売りて生活を立つる一個の正路者なれば、其為す所行ふ所にして誤ることなくんば、白日の下天下に恐るべき者なきなり。されど若し諸君にして一度不正の事をなし又は不徳の行を為さば、正路者たるの資格は爰に消へ去りて、遂に身をも滅ぼすに至るべし。正直の頭に神宿るとは、我も人も知る所にて、諸君の守るべき道は此外にあらじ。況して諸君の如く不利益の地位に立つ者は、其不利益を直さんとするには少なくも自からの行を謹まざれば万事円満の結果を得難し。されば諸君は一方に於ては地位実益の上進拡張を務むると共に、亦正道を踏むの勇気あること必要なり。諸君にして内を整へ行を正し正々堂々其求むる所を得るに務めんか、如何に無情なる人も諸君の正道の前に降伏せさる者あらんや。
 諸君の為さゞるべからざる準備覚悟行為は前陳ぜんちんの如くなる以上は、如何にして之に応すべきかとは諸君の自然に起す疑問なるべし。或人は云ふ「今日のこと誠に云ふに忍びず、富者益々富み貧者益々貧し。労働者のこうむる不正、其の沈淪せる境遇、実に悲憤の極にして、之を改良せんとするただ革命あるのみ、貧富を平均するあるのみ」と。誠に愉快の議論にして論者の云ふ如く革命に依り全然改良の実を挙げることを得ば結構の次第なれども、世間のことは論者の思ふ如く左程単純の者にあらず。意外の事起り、為めに全く当初の目的を達し得ざるの奇観は大紛擾だいふんじょうの下に於て屡々しばしば見る所、諸君の容易に賛成すべきことにあらず。且つ又社会の進歩なる者は常に遅緩にして秩序ある者なるに、革命なる者は之に反して急速突飛を要素とすることなれば、両者の行道全然相反するのみならず、元来貧富平均のことたる人に賢愚の別ある以上は、其財産に不平均あるは誠にやむを得ざることなれば、貧富平均論は言ふべくして行ふべきことにあらず。左れば我輩は諸君に向つて断乎として革命の意志を拒めよ、厳然として急進の行ひを斥けよ、尺を得ずしてひろを求むるの愚は、是を貧富平均党に譲れよと忠告するに躊躇ちゅうちょせざる者なり。而して、我輩の諸君に勧告する所は、同業相集まり同気相求むてふ人類至情の上に基礎を置ける同業組合を起して全国聯合共同一致以て事を為すことにあり。熟らつらつら已往いおうに於て諸君の為す所を見るに、個々相乖離あいかいりし同業相鬩あいせめぎ其間更に一致の行なし。左れば一方に於て惨憺さんたんたる苦心の後百方懇請の末漸く増給を得る者あれば、他方に於ては法外の廉賃銀を以て甘ずる者あり。不徳の同業者を懲戒せんとする者あると共に、之を擁護せんとする者あり。一方より建てたる者を他方より破壊し行くの有様にて、実に骨肉相鬩ぐの観あるは諸君の為めもっとも惜しむべきことなり。兄弟内に争ひ外あなどりを受く。諸君の今日の地位に陥りたるもの、諸君の一致行動を欠きしこと其原因の多きに居ることなれば、既に前には外敵の攻め来り内には甚だしき弊害ある今日に於て、同業相争ふ如き事を止め、大挙事に従ふの必要火をるより明かなり。諸君にして堅く集まりて散ぜず、社会進化の大勢と伴ひて、内健全なる思想を養ひ、外着実なる行動をなし、以て外人に対し、無情の雇主に対し、将た又弊風の矯正に務めんか、世間諸君の意の如くならざる者幾何いくばくかあるべきや。して労働は神聖にして結合は勢力なり、神聖なる労働に従事する者にして、勢力なる〔ある〕結合を造る。羽毛能く船を沈め得べくんば、諸君の熱血のほとばしる所、何事か為し得ざるべき者あるべき。つては亜米利加アメリカに於て十五万人の無資無産の鉄道工夫は、八億余万弗の資本を有する廿四の鉄道会社を相手として三週間汽車の運転を止めしめたることもあり。三万人の小揚人夫は三ヶ月間英国倫敦ロンドン市場に食物の欠乏を来さしめたる例しもあり。仮令たとい短小の時日を以て其目的を達するを得ざる迄も、其為す所は革命党の如く華麗ならざる迄も、其進むや堅く、其守るや強し。遅緩なると共に確実に、穏和なると共に完全に平和の下秩序の内、其目的を達す。諸君の採るべきの手段誠に是れあるのみ。我輩はここに再び諸君に同業組合の組成を勧告する者なり。然らば如何にして同業組合は組織すべきか。
 第一 一郡市内同業者七人以上ある職業者集まりて地方同業組合を設くべし。
 第二 一郡市内にある種々の同業組合聯合して地方聯合団を設くべし。
 第三 全国処々にある地方同業組合聯合して全国同業聯合団を設くべし。
 第四 全国処々にある全国同業聯合団を聯合して大日本仝盟団を設くべし。
(例へば東京に二千人の組合員を有する大工組合、二千を有する印刷工組合、貳千人を有する靴工組合ありとし、此三組合聯合して東京職工聯合団を造る。更に大阪には千人を有する大工組合、千人を有する印刷工組合、千人を有する靴工組合ありて、相聯合して大阪職工聯合団を造る。また長崎には五百人を有する大工組合、五百人を有する印刷工組合、五百人を有する靴工組合ありて、相聯合して長崎職工聯合団を造る。斯くて東京大阪及長崎の大工組合印刷工組合及印刷工組合聯合して各々三千五百人を有する全国同業聯合団を造り、続いて此三聯合団聯合して壱万五百人を有する大日本職工団を設く。故に若し東京大工組合にて或事件起るときは東京職工聯合団の助力を求め、充分ならざるときは更に全国大工聯合団の協力を求め、尚足らざるときは大日本職工団の助力を求む。左れば必要の場合に於ては六千人の東京聯合団に加ゆるに千五百人(東京組合を除きたる数)の全国大工聯合団と亦進んでは参千五百人(東京組合及全国大工聯合団を除きたる者)を有する大日本職工団惣計壱万五百人の職工は東京大工組合の為めに動くこととなる)
 仝業組合の勢力は実に此の如くにして養ひ来る者なれば、其利益を伸張せんとするに於ても外国人の不法に敵せんとする場合に於ても、又他の場合に於ても充分に其志を達することを得べし。
 更に同業組合の積立金を以て其組合員の災厄を救ひ、又は其の死亡せるとき其妻子をして安んじて生活をなさしむる等のことは、職工の独立独行の意気を養ひ、其天与の責任を全からしむる者なり。米国の一職工組合は二万七千余人の会員を有し、明治十三年より廿六年に至る十五年間〔14年間〕に其組合員死亡者の家族に送れる金額廿二万五千余弗、其組合員の病気に罹れる者に送れる金額六十七万五千余弗、無業会員に送れる金額十五万八百余弗、同盟罷工をなせる会員に送れる金額五十三万四千余弗、旅行費として貸与せる金額五十万六千余弗、惣計弐百〇九万千余弗の巨額を支出したりとは、誠に驚くべき事実にして、然かも僅に二万人余の職工組合にて之を為したるを見ては、実に感嘆の極と云はざるべからず。我国にても之を行ふこと左迄難事にあらざるなり。其方法は、
 一 各地方組合又は全国同業聯合団は其組合員の毎月の醵金きょきんより組合入費其他を引去り残額を積立つること。
 一 各組合に於ては規則を設け救助法施行の時日を定め置き(例へば何ヶ月醵金後)又其積立金の何円に減ぜざる迄を限りとし組合員の災厄を救助すること。
 一 各組合は最初は救助事項を拡め遂には組合員の無職業者旅行者又は老衰者等を救助するに至るべきこと。
(例へば二千人の組合員ある東京大工組合にて毎月一人に付三銭に当る積立金有とすれば一ヶ月六十円、一ヶ年七百廿円を積立ることを得べし。若し之を全国大工聯合団にて取扱ふこととせんか、東京長崎大阪組合の積立金を集め聯合団は一ヶ年壱千二百六十円の巨額を集むることを得べし。最初三四ヶ月間は救助を為さず、其後は兼て定めたる方法に基きて救助することとし、又積立金の額減じたるときは一時払ひ出しを止むるか、又は特別の方法を設くることとせば、救助の挙は日に其効力を高めて、組合員の退会する者も少なく、同業相助くるとの精神充分に行ふを得べし。)
 今日に於ては職工にして一度災厄に逢はんか、一に他人の救助を仰がざるべからず。其独立の体面を汚すこと少々にあらず。又時としては依るべき他人なくして非常に困難を極むることもあり。之に反して組合より救助を受くるは恵まるゝにあらで約束上受取り得べき金額を受くる者なれば毫も独立の面目を汚すことなく、又災厄の場合に対し既に其困難を薄ふすべき方法の附き居る以上は、殊更ことさら此等のことに苦慮して卑屈の行ひをなすを要せざることとなり、自助の精神自信の意気大にたかまり為めに職工の品位を高むること尠なからざるべし。
 立て職工諸君、立つて組合を組織し、以てその重大なる責務と其男子たる面目を保つを務めよ。諸君の前途は多望なり。要する所は不抜の精神と不屈の意志のみ。天は自から助くる人を助くると云はずや。奮えよや諸君。その自助心を発揮せよ。
 終りに臨んで一言すべきは、諸君の内には或は組合などは到底成り立つ者にあらず、又成立ちたる例しなしと云ふ人もあらんかなれとも、左りとて打置かば、何時組合は成立つべきや。大敵を前に控へて区々たる情実又は紛争の為めに益々身を沈むるは愚の極にあらずや。又世間には組合員となる人の少なきを憂ふる人もあれども、唯人数のみ多くとも、其人々にして深く自ら其責任を覚りて相集まりたるに非れば、例へば烏合の兵の如く何事も出来すして終るべし。むしろ人数は少なくともひとへに其地位の墓なきを覚り、自からの為め其妻子の為めに務めんとする人、言はば職工者中の花、戦場の決死隊とも云ふべき人集まりなば、以て花々しき運動を為し得べし。左れば我輩は人の多少は敢て問はず、唯々諸君の内より進んで此名誉なる戦場に名乗り出つる人あらんことを望む者なり。由来職工者は義侠の念に富めり、其中決死隊を以て自任するの人決して少なからざるべしとは我輩のひそかに確信する所なり。
  (組合設立の運動方法、組合の規則、持続方法等詳細の事は本会に就て問はれなば丁寧に説明すべく、又時宜に依りては助力をも承諾すべし。)



 ここではほぼ原文通りに翻字しているが、ルビと句読点を加え、漢字は現行の字体に改めている。文字通りの原文を読みたい方は、国立国会図書館の《近代デジタルライブラリー》で、インターネット上で画像データとして見ることができる。つぎをクリックすれば片山潜・西川光二郎『日本の労働運動』の該当個所にとぶので、参照願いたい。
 なお、この文書は職工義友会の名で発表されたが、実際の筆者は高野房太郎であった。





Written and Edited by NIMURA, Kazuo
『二村一夫著作集』
The Writings of Kazuo Nimura
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