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『労働は神聖なり、結合は勢力なり
        ─ 高野房太郎とその時代 ─
』の相互補完本

岩波書店出版案内、ここで購入できます。

 このサイトは、2008年に岩波書店から刊行された『労働は神聖なり、結合は勢力なり』を補完する「ウェブ本」です。一般に「サポートページ」と呼ばれるものですが、単に活字本を補うことが目的ではなく、ウェブ本の得意分野を出来るだけ生かそうと考えての企てです。
 いつでもどこでも読める活字本は、読書の楽しさを味わうには最適ですが、学術的な厳密さを求めるとなれば、分厚く、高価な本になってしまいます。これに対しウェブ本にはスペースの制約がなく、しかも文書の全文検索が可能であること、カラー画像を多用できるといった、数々の利点があります。文字の大きさも調節できますから、読みやすさでもすぐれています。ただインターネット環境でしか読めないという制約はあるのですが。
 そこで、活字本ではなによりも読みやすさ、通読しやすさを優先しました。学術書ではありますが、どなたにも読んでいただけるよう史料の大半は現代語に訳して引用し、注は省きました。注記すべき論点は、この「ウエブ本」のなかにあるオンライン版『高野房太郎とその時代』を手がかりに、本サイトに収めた史料等で確認できるからです。
 なお活字本の高野研究史料としては岩波文庫の『明治日本労働通信──労働組合の誕生』(1997年刊)があります。房太郎が執筆した日本語論稿の大半を収録し、英文の通信や手紙を日本語に翻訳紹介しています。本サイトとあわせてご利用ください。


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オンライン版総目次 フォト・アルバム 回想記・追悼記
関連史料一覧 旧跡探検

書評・紹介

高野房太郎年譜

研究の歩み

正誤訂正



 

オンライン版『高野房太郎とその時代』総目次

 これは活字本のもとになった、オンライン書き下ろし版『高野房太郎とその時代』の総目次です。見出しをクリックすれば、総目次があらわれ、そこから全文を読むことが出来ます。【注】を参照すると、参考文献や史料の出所などを付記しています。また、カラー画像をはじめ、図版はオンライン版の方が豊富です。



 

フォト・アルバム:写真による高野房太郎伝

 画像は史料としても多様な情報を伝えてくれます。そうした画像データを数多く、しかも大判の精密画像としても提供できるのは、ウェブ本ならではの利点です。そこで、新たに画像データだけをまとめて高野房太郎伝を補完する企画をたてました。まだ始めたばかりですが、おいおい追加して行きます。

 

回想記・追悼記など

 高野房太郎は若くして亡くなり、その事業も短期間で消滅したこともあって、本人による回想はまったく残されていません。それに代わるのが、ここに紹介する高野岩三郎の回想記です。岩三郎は、兄の「伝記編纂の宿志」をいだいており、兄から自分に宛てた手紙やゴンパーズから房太郎宛の書簡など「亡兄関係の史料」を「手許に保存」していただけでなく、簡単なものですが房太郎の生涯に関する思い出を何点か残しています。活字本では、部分的に引用するほかありませんでしたが、ここで全文を読んでいただくことが出来ます。
 また、房太郎の親友であった横山源之助が心のこもった追悼記を2本執筆しており、内容的にも注目されます。

  1. 高野岩三郎執筆 略伝「高野房太郎」(『大日本人名辞書』)
    『大日本人名辞書』は田口卯吉の編集により1886(明治19)年に初版が刊行され、以後50年余にわたって改訂が重ねられた人名事典です。高野房太郎の項目は1926(大正15)年6月に大日本人名辞書刊行会編として世に送られた『新版大日本人名辞書』以降の版に収録されています。なお、最終は1937(昭和12)年刊行の第11版です。この項目の筆者名は記されていませんがこれが高野岩三郎の執筆であることは、「高野岩三郎日記」の1915年8月3日の項に「人名辞彙ニ掲スベキ亡兄ノ略伝ヲ起草シ之ヲ終ル」とあることから明らかです。高野房太郎の全生涯を簡潔に記した貴重な史料です。ただし紙幅に制約のある人名辞書であり、岩三郎の思い込みや記憶違いもあって、鵜呑みにできない箇所があります。
  2. 高野岩三郎「兄高野房太郎を語る」
    戦前の1937年10月に総同盟の機関誌『明日』に編集部の質問に答える形で発表された談話筆記です。その後、法政大学大原社研『資料室報』No.145、1968年10月に再録されています。この回想は、高野岩三郎が、兄の事績が講座派の平野義太郎らによって貶められたことを憤り、残したものです。房太郎のもっとも身近にいた肉親による回想で、貴重な証言です。もし、これらがなければ、高野房太郎の前半生は、ほとんど追跡する手がかりさえ得られなかったことでしょう。それほど長いものではありませんし、読み物としての面白さもあるので、ご一読をお勧めします。
  3. 高野岩三郎「〈社会政策学会〉創立のころ」
    初出は、帝国大学新聞創刊五十周年記念号、1935(昭和10)年12月4日、所載。 鈴木鴻一郎編『かっぱの屁』、法政大学出版局、1961年による。
  4. 高野岩三郎「囚われたる民衆」冒頭部分
    初出は『新生』第2巻第2号,1945年12月、『かっぱの屁』法政大学出版局,1961年刊に再録。高野岩三郎が天皇制廃止をうたう「改正憲法私案要綱」を公表した論稿の冒頭部分で、兄高野房太郎との共通する体験を語ったもの。
  5. 横山源之助「労働運動卒先者の死」
    初出は『毎日新聞』明治37年5月4,5日付。横山源之助は、「友人高野房太郎君は、支那山東省膠洲湾に於て、肝臓病を以て死せり。」に始まる長文の記事を、2日にわたって『毎日新聞』に掲載したのでした。二人の親密な関係をうかがわせる論稿です。
  6. 天涯茫々生〔横山源之助〕「高野房太郎君を憶ふ」
    初出は『東洋銅鉄雑誌』第1巻第1号。横山源之助が、天涯茫々生の名で、自らが編集発行した『東洋銅鉄雑誌』の創刊号に掲載した追憶記。
 

関連史料一覧


  1. 『高野房太郎日記』
     1897(明治30)年の『高野房太郎日記』です。現存する日記はこの年だけですが、日本において労働組合運動が始まったその年に、名実ともに中心的な指導者として活動に専念した高野房太郎が、日々記録した貴重な史料です。記述は簡単ですが、他では得られない貴重な情報がつまっています。たとえば、1月1日の英文の年頭の決意、社会政策学会へ参加を認められた2月7日、日本最初の労働演説会が開かれた4月6日、『職工諸君に寄す』の発行を届け出た4月16日、職工義友会主催の演説会を準備した6月中旬以降、労働組合期成会を結成した7月5日とそれ以後の活動、さらには鉄工組合の発会式を開いた12月1日などが注目されます。使われた日記帳は博文館が発行した『明治三十年当用日記』で、「金銭受入」「金銭支払」欄もあり、房太郎の日常生活を知る重要な手がかりが数多く残されています。 PDFファイルです。
  2. 高野房太郎《米国桑港通信》(『読売新聞』掲載)
    高野房太郎がOFTのペンネームで『読売新聞』に寄稿したサンフランシスコ通信。『明治日本労働通信』には採録されていません。
  3. 高野房太郎より弟・岩三郎宛の書簡一覧
    高野房太郎が1890年〜92年にかけて弟に書き送った手紙27通。房太郎の肉声が聞こえる数少ない史料です。
  4. Labor Report from Meiji Japan by Fusataro Takano
    高野房太郎がアメリカ労働総同盟の機関誌『アメリカン・フェデレイショニスト』などに寄稿した英文通信。『明治日本労働通信』に日本語訳を載せましたが、これはその原文です。
  5. Correspondence between Fusataro Takano and Samuel Gompers
    高野房太郎とサミュエル・ゴンパーズの間に交わされた57通の往復書簡。ゴンパーズ書簡は本サイトでしか読めません。
  6. Letters addressed to Fusataro Takano
    高野房太郎の友人・知人、あるいはゴンパーズ以外の労働組合指導者らから送られた手紙16通。すべて初公開。
  7. 石阪公歴 アメリカ便り
    房太郎が最初にアメリカへ渡った際、同じニューヨーク号に乗り合わせていた石坂公歴から父親に宛てたアメリカからの手紙。この手紙が残っていたので、房太郎の旅の様子が詳しく分かりました。東京成徳大学の鶴巻孝雄研究室にある北村透谷研究 ――参考 石阪昌孝・公歴父子研究に収められているものです。
  8. 片山潜・西川光二郎『日本の労働運動』
    1901(明治34)年に刊行されたこの本は、草創期の労働運動の実態を、その当事者が同時代に記した貴重な記録です。一般に利用されているのは岩波文庫の片山潜『日本の労働運動』ですが、同書の底本は原本でなく『明治文化全集』第21巻社会篇で、翻刻に不正確な箇所があります。幸い、国会図書館の近代デジタルライブラリで、インターネット上で閲覧が可能になりました。ただ惜しまれるのは、国会図書館本は他版に多数収録されている口絵写真を欠いていることです。
 

高野房太郎の旧跡探検一覧

  1. 高野房太郎の旧跡探検(1) 東京 長崎屋跡
  2. 高野房太郎の旧跡探検(2) 横浜
  3. 高野房太郎の旧跡探検(3) サンフランシスコ(1)
  4. 高野房太郎の旧跡探検(4) サンフランシスコ(2)
  5. 高野房太郎の旧跡探検(5) 貸席・柳屋跡
  6. 高野房太郎の旧跡探検(6) 神田青年会館跡
  7. 高野房太郎の旧跡探検(7) キングスレー館跡
  8. 高野房太郎の旧跡探検(8) 労働組合期成会・鉄工組合事務所跡
  9. 高野房太郎の旧跡探検(9) 生協売店「共営社」跡
  10. 高野房太郎の旧跡探検(10) 長崎編(1)生家の所在地
  11. 高野房太郎の旧跡探検(11) 長崎編(2)母・マスの実家跡
 

書評・紹介一覧

 ここは、活字本『労働は神聖なり、結合は勢力なり──高野房太郎とその時代』に対して、書評・紹介してくださったブログなどへのリンク集です。ご執筆くださった皆さまに心からお礼申し上げます。

  1. 『社会政策』第3巻第1号(2011年6月)の書評特集、「二村一夫『労働は神聖なり、結合は勢力なり ─ 高野房太郎とその時代』を読む」は、2010年10月愛媛大学で開かれた合評会の記録です。以下の6点がその内容で、それぞれ単独でCiNii Articleへリンクしています。PDFで閲覧可能ですが、残念ながら無料ではなく、「定額アクセス」です。
      1) (特集趣旨) 小野塚知二「二村一夫『労働は神聖なり,結合は勢力なり:高野房太郎とその時代』を取り上げるに当たって
      2) 小松隆二「労働運動史研究の蘇生に向けて」
      3) 榎一江「労働史研究への示唆に関する覚書」
      4) 桝田大知彦「外国(ドイツ)史の視角から読む高野房太郎のいき方と日本における労働組合運動の〈はじまり〉」
      5) 東條由紀彦「日本の同職組織と労働組合」
      6) (著者リプライ) 二村一夫「高野房太郎研究と社会政策学会」
  2. 『Academic Resource Guide』(岡本真さん)
  3. Economics Lovers Live(田中秀臣さん)
  4. たそがれの記(高橋健三さん)
  5. akamac book review(赤間道夫さん)
  6. ogishin の雑書蕩読(荻野進介さん)
  7. EU労働法政策雑記帳(濱口桂一郎さん)
  8. 書評〔『大原社会問題研究所雑誌』No.607〕(小松隆二さん)
  9. 平成20年度冲永賞選考経過及び授賞理由(労働問題リサーチセンター)
  10. 第15回学会賞受賞作・選考委員会報告(社会政策学会・学会賞選考委員会)
  11. 文献紹介②『労働者運動資料室会報』第19号(佐藤礼次さん)
  12. 教育文化協会サイト「本と資料の紹介コーナー」(鈴木玲さん)
  13. 東京大学社会科学研究所英文ジャーナル Social Science Japan Journal(Andrew Gordonさん)
  14. 垣田裕介の研究室(別館)余暇のブログ(垣田裕介さん)
 

高野房太郎年譜

 高野房太郎を中心とした年譜です。まだ簡単なものですが、徐々に内容を増やしていく予定です。



 

高野房太郎研究の歩み

以下は、『高野房太郎とその時代』を連載する前に執筆した高野房太郎に関する論稿です。発表年次順でみると、このテーマに関する私の研究の歩みの一端を示すものとなっています。なお、岩波文庫の『明治日本労働通信──労働組合の誕生』(1997年7月刊)の解題代わりに掲載した「高野房太郎小伝」は、彼の生涯をコンパクトに描いた文ですが、刊行中なのでまだ本サイトには収録していません。

  1. 1959年10月
      書評 ハイマン・カブリン編著 『明治労働運動の一齣──高野房太郎の思想と生涯』(有斐閣、1959年、138+114頁。)
    いまから半世紀前、高野房太郎と最初に出会ったのが、このカブリンの著作でした。その時は、自分でこの人物の伝記を書くことになるとは、予想もしていませんでした。まだ駆け出しの研究者で、当時、日本読書新聞の編集部にいた友人稲垣喜代志氏(現在は風媒社代表)のやや強引な依頼によって執筆したものです。初出は『日本読書新聞』1959年10月5日。私が原稿料をもらって書いた最初の仕事です。

  2. 1979年4月
     職工義友会と加州日本人靴工同盟会縦書き
    日本労働組合運動の源流となった〈職工義友会〉=サンフランシスコ在住の日本人によって結成された労働団体に関する実証研究。従来の研究が、片山・西川『日本の労働運動』の記述を鵜呑みにし、同会の成立に高野房太郎の関与を否定あるいは軽視して来た点を論破。また在米の靴工の運動についても検討し、さらにアメリカ労働運動の日本に対する影響についても論じている。謎解きの楽しさのある著者お気に入りの論稿のひとつ。
     初出は『黎明期日本労働運動の再検討』(労働運動史研究62号、1979年4月、労働旬報社刊)所収。

  3. 1991年9月
     書評 Stephen Marsland, The Birth of the Japanese Labor Movement:Takano Fusataro and the Rodo Kumiai Kisei-kai
    University of Hawaii Press, Honolulu, 1989, ix+271pp. $27.00.初出は『大原社会問題研究所雑誌』第394号、1991年9月。
     なお本稿の英文版は、アムステルダム国際社会史研究所の機関誌International Review of Social History Vol.XXXVI-1991-3に掲載されました。というより、まず英文版を依頼されて執筆し、その日本語版が、この『大原社会問題研究所雑誌』に発表した書評です。

  4. 1993年4月
     高野房太郎の生涯──労働運動離脱の謎を中心に
     従来の高野房太郎研究は、伝記的研究をなおざりにしたまま、その労働組合論、賃金論などに集中してきた。彼の伝記も、労働運動家となった晩年の事実から出発し、その生涯を逆にたどる傾向が強い。しかし、その思想を解明するためにも、その人、その個性を、彼が生きた時代のなかで検討することの重要性を指摘し、謎にみちたその生涯を探ることを試みた論稿。
     初出は『労働運動史研究会会報』No.25、1993年4月。

  5. 1997年7月
     労働組合期成会と高野房太郎
    1997年7月4日、記念事業実行委員会および日本労働組合総連合会の主催によって開かれた《労働組合期成会・日本の労働組合誕生100年記念「期成会から100年 いま、労働運動を考える」》のシンポジウムにおける基調報告。


 

『明治日本労働通信』(岩波文庫、1997年刊)正誤訂正

箇所
492ページ、11行神田区橋本町 第一大区十二小区橋本町
訂正理由はここをクリック
492ページ、最終行神田枝町(まつがえちょう)神田 松枝町(まつえだちょう)
494ページ、10行一八八一(明治一四)年三月三月を削除
訂正理由はここをクリック
517ページ、8行日本人が主として雇われた主としてを削除
531ページ、2行おそくとも一八九年おそくとも一八九年



 

『労働は神聖なり、結合は勢力なり─高野房太郎とその時代─』(岩波書店、2008年刊)

                  正誤訂正

箇所
4ページ上段写真説明明治初年の長崎の町筋幕末の長崎の町筋
16ページ下段、後ろから3行新橋から京橋までの約キロ新橋から京橋までの約キロ
65ページ扉写真説明左から城常太郎、高野房太郎、沢田半之助左から城常太郎、高野房太郎、不明
123ページ下段、後から2行労働省連邦労働局〔労働省の前身〕
153ページ下段、後から9〜10行
154ページ上段、3行目ママ「ママ」を削除
154ページ上段、3行目〔玉泉亭〕削除
280ページ上段、3〜4行山東半島の港湾都市で、削除





法政大学大原社会問題研究所         編集雑記

著者紹介        更新履歴        What's New

【最終更新:



岩波文庫
高野房太郎著 大島清・二村一夫編訳
『明治日本労働通信』出版案内

(目下、版元では品切れですが、書店ならまだお買い求めいただける所があります。)

Written and Edited by NIMURA, Kazuo
『二村一夫著作集』
The Writings of Kazuo Nimura
E-mail:
nk@oisr.org