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井山キワより高野房太郎宛書簡(1895年5月11日付)


井山キワより高野房太郎宛書簡(1895年5月11日付)1


五月二日出之御書状六日正に落手拝見致候処出帆后翌日
海上不穏為ニ延着乍併無事御安着之由何寄大慶ニ
奉存候拝眼致ハ十年振ニテ御顔拝見夢ノ如心地致何ノ
咄モ不致逢ト其侭別レトナリ亦暫ハ書信ノミ乍併互ニ壮健
ナレバ別ハ逢ノ始ナリトノ諺ニアル故他日業成リ名遂テ
後永ク居ヲ定ムルノ日緩々談話ノ節ヲ指折在待申候
此後長崎一周間碇泊ニナルトモ唐津出張ハ六ヶ敷ト断念
罷在候乍併幸ニシテ御入来出来レバ無此上事ニ御座候
貴弟出立後ハ時々貴弟ノ咄斗ニテ貴弟艱難ノ模
様等承リ浅姉モ今半日早カリセバ直接ニ其咄ヲ聞
テ得ベキニ残念ノ事ニ存候君ハ御読アリタシカハ不存候共
彼万国史(愈ノ書名失念セリ)ニ記載アルペールーナル起業家ノ朝夕口吟ニ

井山キワより高野房太郎宛書簡(1895年5月11日付)2


 見渡せバ野の末山の端までも花なき里ぞなかりける
 今を盛りニ咲揃ふ色香免で多き其花も
 過古しかたを尋ぬ連バ憂古登のみぞ多かりき
 霜降る朝ニハ葉を落し雪婦る夜にハ枝を
 折り枯しと迄に眺られ集りつどふ憂事の
 積り津もり志その中を耐へ忍し甲斐
 阿りて長閑き春ニ免ぐり逢新咲出るぞ
 芽出度いな世の為ニとて盟をしたる身の上に
 春の花のつぼみわ憂事と知りなばなどか
 恨べき春の花こそためしなれ春の花こそ
 芽出度いな
ト貴弟ノ艱難モ其通リ芽出度春ヲ楽ニ身体強キハ
親ヘノ孝賤シキ労働艱難ハ親父ニ代リ最愛ノ弟

井山キワより高野房太郎宛書簡(1895年5月11日付)3


ヘ悌ニ正道ヲ守テ孝悌全フシ七八年ノ永月モ只一日ト
過行ハ実ニ我等ノ及所ニアラズ天道是ナレバコノ孝順
ナル者ヲシテ他日成業家ヲ興スノ栄ヲ賜ランコトヲ祈
貴弟勉目ヤ勉目や他日ナラズ已ニ万分ノ一ハ来レリ則岩三郎
一度ノ落第モセズ二十三〔1字抹消〕年余ニシテ大学卒業ノ栄ヲ見ル
近キニアリ母モ亦コレニ薫陶スルニ婦道ヲ守仁慈ヲ尽シ訪
者来ル者ヲシテ別后モ其仁愛ニ感ゼザルナキニ至ラシムヲヤ
浅姉此度おとみ伯母ヲ訪亀太郎様ノ体ヲ看大ニ感
ズル所アリ同子此度ノ戦争ヲ幸或一部分ノ兵テン部〔兵站部〕を
支ヘ月給四十五円ニ〔2字抹消〕テ三ヶ月勤居タレ共餘リ寒激敷故
帰りたる由ナルガ衣裳万端千円以上ノ年給ヲ俸御方
ニ比ベクソレニ付ケ万事之感権?入タル次第月給四十五円
丈ナレバ到底此栄ヲ看ル難ケレ共幾分カ○○出来居候テ
ノ事に存候我等母子ハコノ弟〔いったん[道]と書いて抹消〕斗リハ不賛成ニテタトヘ今日暮
ニテモ人タルベキ正道守ルヲ素ヨリ望所貴弟モ定メテ

井山キワより高野房太郎宛書簡(1895年5月11日付)4


同感ナラン乍併コレハ其人ノ執ル所我等ノ是非ヲ言所
ニアラズ只其大体ニ就テ交際致居バヨキ事ト存候
一日清条約モ無事相済ノ由大慶ニ存候以来ノ国勢其
他外交上ノ事ハ私如キ者ノ論ズル所ヲ不得依テ喋々
不申上候
一 私滞在モ永相成漸本日出帆松浦丸ニ乗込帰村致候
且亦御依頼ノ土産物ハ左之通ニ取斗候不足金私より差上候
故御返金御無用ニ御座候
一 壱円三十銭左門町(反物) 一 壱円三十銭(反物)八坂町 一五十五銭荒生や老母ヘ
一 三円六十銭 大津礼造氏(反物) 一 七〔1字抹消〕円九十銭藤岡(反物) 一二円六銭 井山(手提)
一 十五銭東京電信  一 四十銭東京為替手数料  一 三十円東京送金
二十八銭 銀貨交換致タルニ反テ両替屋ヨリ来候

井山キワより高野房太郎宛書簡(1895年5月11日付)5



亦御入来ノ節ハ以前御振為置タル故一円五十銭内位迄の品ニテ
宜敷亦承候得バチーフーは果物沢山の由故三四銭ニテ籠
アルトノ事故リンゴカブトー御買入相成度
出生地故アチラカラモ房チーコチラカ
ラモ房チート意外ニ云テクル者ナキニアラズ故御買[む?]
御入来??度若見当たらばサンゴジ数珠等ナル丈お買入おとみ伯母土産としてご持参下度候
 一金指輪 楽御礼申上候以御陰金指輪通ニ相成申候
追々暑気ニ向故甲板上のウタヽネは御注意願上候 草々

五月十一日                井山キワ
  高野房太郎様



井山キワより清国チーフーアメリカ領事館気付高野房太郎宛書簡封筒(1895年5月11日付)

【注】

原史料は和紙の用箋1枚であるが、画像と解読文を並べて掲載するため5枚に分けた。なお、画像5枚目の穴は、書簡執筆の段階からあいていたものらしく、本文は欠落せずに続いている。
 なお、封筒の宛名人は H. Takane となっている。おそらく最初は、米海軍に就職する際、筆記者の聞き違いによって「Takano」を「Takane(タカネ)」と誤記されたものであろう。しかし、房太郎はそれを訂正させることなく、その後は意識的にTakaneの名を使っていたのである。






Written and Edited by NIMURA, Kazuo
『二村一夫著作集』
The Writings of Kazuo Nimura
E-mail:
nk@oisr.org

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