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高野房太郎より高野岩三郎宛書簡(1890年12月16日付)

        岩三郎 殿
  十二月十六日夜
             房太郎拝

 十一月廿一日御認之書面正ニ入手仕候愈々御移転万事
定メテ御不自由之事ニ候ハメ乍去事情ノ然ラシムル所当分之
内ハ御忍耐アランコトヲ祈居候
小生ノ帰朝ニ就キ種々御意見申述被下多謝仕候大ニ参考
ノ種ト相成リ申候御申越ノ帰朝者失敗之原因ニ就
テハ左モアラント推察仕候乍去此ハ小生ノ参考トナル迄ニテ未タ
小生ノ意見ヲ左右スル者ニハ無御座候先便井山氏ヘ送リタル
書面ノ内ニ小生ノ帰朝ノ理由及帰朝スルニ要スル件
々等書認メ置候故定メテ貴弟ニモ御読了相成候事ト
存候左スレバ小生ハ已ニ貴弟ノ憂慮スル所ニ就テ熟
慮致シタル者ナル事ヲ御承知ニ相成候ハン元来小生ガ企
テントスル事業ハ少ナクモ其資本ニ壱万円ヲ要スベクト考ヘ
ラレ左スレバ微力ナル小生ガ仲々企テ及ブベカラザル事業ニ候
得共其見聞当州及「ワシントン」抔ニ限ラレ居ル小生ノ眼中ニハ彼
事業ヲ以テ有益ナル事業ト断定致候故企テ及ブベカラザ
ル事トハ知リナガラ其成効ヲ万一ニ期シテ帰朝可致心得ニ
御座候小生ハ先便ノ書面ニ云ヘリ小生ノ計画ハ日本ニ帰リ実
地探査ノ上ナラデハ確然トセズト故ニ小生ハアナガチ其思フ所ガ
容易ニ又必常ニ成効スベシトノ己惚心ハ懐居ラズ候
小生ヲシテ尤モ淡泊ニ其思フ所ヲ云ハシメバ日本ニ帰リテ事業ヲ起サ
ントシテ果サザルモ米国ニアリテ一二年ノ日月ヲ費ヤスモ両者ノ間利害
優劣ノ別差アルナシト元来日本人ガ是迄渡米者ニ向ッテ望ヲ
属セシヤ甚タ過大ナリシ小生ハ常ニ思ヘリ日本ニアル人々ガ渡米者ヲ
見テ田舎ヨリ東京ニ出デシ人ノ如ク思ハシメバ渡米者ノ状況運動ハ
今日ノ如ク惨憺タラザルベシト蓋シ日本ニアル人々ガ渡米者ニ
望ヲ属スル大ナルガ為メニ渡米者ハ容易ニ帰朝スル事能ハズ
荏苒日ヲ異境ニ送リ本国ノ事情ハ益々不明トナリ滞在地ノ
事情ハ容易ニ其起業心ヲ満足セシメズ其結果ハ数年無為
ニシテ終ラシムルニ外ナラズ日本ニハ帰レズ米国ニ居ルモ起業ノ見
込ナシ嗚呼如何ニセバ可ナランカトハ恐ラクハ当国ニ五六年間滞
在セシ人々ノ喋語スル所ナルベシ而シテ今日迄帰朝セシ人々ハ皆一度
ハ此等ノ感情ニ迫メラレタル人々ニシテ其帰朝ノ上花々シキ運動ヲスル
事ヲ得ザルハ左迄ニ怪シムベキ事ニハアラズ小生ハ却ツテ是等ノ人ガ其
一時ノ恥ヲ忍ンデ帰朝シタルヲ上出来ナリト思フ蓋シ彼等
ガ当州ニ於テ見聞セシ事実ハ将来之ヲ利用スル場合ナキニアラズ
此利用スル場合ハ其本国ニ於テ生ジ易クシテ異境ニ於テ
皆無ト云フベキ事情アリ左レバ彼ノ人等ガ当国ニ止マリテ無為ニ
日月ヲ消費センヨリハ日本ニ帰リテ其経歴ヲ実用スルノ場
合ヲ見出スヲ益アリト云ハサルベカラズ若シ彼等ニシテ帰朝
ノ上何事ヲモ為シ得ズシテ終ランカ是亦甚シク惜シムベキニハ
アラズ何トナレバ彼等何年此地ニ居ルモ何事ヲモ為シ得ベキ望
ナケレバナリ左ラバ彼等ヲシテ若シ首尾能ク事業ヲ見出シテ
日本国内ニ花ヲ開カストセバ此上出来ナリ甘イ事ヲシタル者ナリ
此上出来此甘イ事之ヲ日本国即チ其本国ニ於テ求ムルヲ上策トス
之ヲ要スルニ小生ハ帰朝者ニ望ヲ属スル甚タ小ナリ本国ニアル人々又渡
米者ニ望ヲ属スル此ノ如クアランコトヲ望ム
小生ガ何故ニ此ノ如キ偏屈ナル説ヲ吐クカトハ定メテ御疑ヒノ廉ト
ナラン乞フ小生ヲシテ一言セシメヨ元日本人ガ当国ニ来リテ一事業
ヲ起サント企ツルハ大シタル間違ナリ其間違ノ度ヤ帰朝者ガ其本
国ニ於テ失敗シタルヨリモ尚大ナル者ナリ試ミニ是迄日本人ガ当国ニ
来リテ起業ヲ為シタル跡ヲ見ヨ一トシテ円満ナル結果ヲ得タル者ハアアラザ
ルニアラズヤ此国ニ十年若シクバ二十年モ滞在シ居ル人尚其事業ヲ
成効スル事アラズ日本ノ有資者ガ此国ニ来リテ事業ヲ為スヤ
是亦失敗ヲ以テ其常数トス是レ抑モ何ノ為ナルカ
十年廿年モ当国ニアリタル人ガ失敗スルヲ見レバ当国ノ事情ニ
明ナラザルガ為メニハアラザルベシ日本ノ有資者ガ失敗スルヲ見レバ
資本ノ欠乏〔乏欠と記しテ間に返り点ヲ入れてイル〕ノ為メニハアラザルベシ然ラバ在留人等ガ能ク云フ所ノ米国
人ガ支那人ト日本人トヲ同視シ之ヲ擯斥スルガ為メカ豈夫レ然ランヤ
小生ヲシテ見セシメバ此原因ハ尤モ hopeless ノ処ニ播〔蟠〕マリ居ルヲ見ル
何ゾヤ日本人ト米人トノ性質ノ相違是レナリ見ヨ日本人ガ事ヲ
ナスヤ其性質タル廉恥心義侠心ハ蕩々トシテ其施業ノ上ニ現ハレ
来ルヲ常トス事業ノ計画ノ粗ニシテ且小ナルハ日本人起業ノ常
相ナリ此等ノ者ヲ採リ来リテ之ヲ米人ノ起業ト比較シ見ヨ誰人ト雖トモ
乖違ノ著シキヲ発見セン此ノ如キ異ナリタル性質ヲ有スル日
本人ガ此国ニ来リテ此国ノ商工業ノ競争場裏ヘ立タントス困
難ト云ハンヨリハ寧ロ impossible ト云ハン Jew 人種及支
那人ハ米国人ノ非常ニ擯斥スル所ナリ日本人ヨリモ尚遙カニ其擯
斥ノ度大ナリ然ルモ此等ノ人種ハ皆能ク其事業ヲ起ス事ヲ得其事
業ノ性質相仝ジキニアラズンバ如何ンゾ此ノ如キヲ得ンヤ去レバ日本人
ニシテ若シ此国ニ於テ事業ヲ為サントセバ先ツ此国人ノ性質ヲ
享有セン事ヲ要ス此ヲ享有セントセバ此国人ト広ク交際ヲナシ
其性質ニ淘汰サレン事ヲ期セサルベカラズ其性質ニシテ淘汰セラレン
カ其起業ハ容易ニ成効スルノ望アラン
右ニ述ベタルハ小生ガ頃日考ヘ出シタル事実ニシテ若シ日本ニ帰リテ
事業ヲ起ス望之ナケレバ此国ニ帰来リユー然此国人ノ性質ヲ享有
セン事ヲ計リ而シテ后此国ニ於テ起業センカトノ考ヘモ有之候
御意見ノ小生帰朝ニ関スル用意金等ハ無論準備可致候尚学
校入学ノ延引シタル為メ本年ノ帰朝ハ到底六ヶ敷カルベシト考ヘ居
リ候
学校モ定メテ来月四五日ヨリ開校ト存候夫迄ニ当家ヲ去リ入校
等ノ手続可致覚悟ニ御座候
養鶏ノ事ハ大賛成ニ御座候「タコマ」ニアリタルトキ一友人ノ実
験談相聞キ面白キ事業ト感ジタル事有之候ヒシ
図面器械目録ハ手ニ入レ次第御送リ可申日記帳ハ次便送金ノ
節共ニ相送可申候一二冊面白キ小説モ持チ居リ候得共
御送付申上グル段モ無之都合ニ依リテハ次便ニテ御送リ可申候
「ウエブスター」辞書昨年限リ版権相切レ爾后続々ト出版サ
レ候ガ代価ハ米金四弗ト記憶仕候当地「クロニクル」新
聞社ニテハ其 Weekly paper 廿年ト字書一部ニテ四弗五十仙ニテ
売捌候乍去此等安価ノ書ハ字数其他ハ相違無之候得
共其紙質甚タ悪シキ由ニ御座候
当国ニテ Automatic Machine ト申シテ諸種ノ品物ヲ
番人ナシニ売ル器械有之候カ其内「ペン」ヲ小サキ箱ノ内ニ入レ之ヲ
器械ノ中ニ入レ柱上ニ掛ケ置キ「ペン」望之人ハ五仙ヲ器械ノ内ニ
投ズレバ其価ニ対スル「ペン」自然ト出テ来タル者有之他一ツハ一ノ大ナル
器械ニテ五仙ヲ其中ニ投ズレバ其身体ノ斤量其身ノ丈其
力量其肺ノ力ヲ知ル事ヲ得ル者有之候前者ハ廉価ノ者ニテ
后者ハ五十弗モ致シ候ハンカ何レモ日本ノ銅貨ニ適スル様ニ製
造相叶ヒ候ガ已ニ御地ニ輸入相成リ居候哉御伺申度前者ハ貴
弟ノ通学スル学校ニ備ヘ后者ハ上野又ハ新橋ノ停車場ニ備ヘ
置キ候ハバ大ニ利益ヲ得ル手段ニハアラザルカト存候貴弟ガ考ハ
如何ニ御座候哉
不取敢右申上度匆々


                             




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