二村一夫著作集目次に戻る


高野房太郎より高野岩三郎宛書簡(1891年7月17日付)

七月二日出之御書面今夕入手仕候暑中御休暇相始マリ
候由大賀ニテ候咽喉病テ御痛ミ之由一日モ早ク御全
快ヲ祈リ候
別紙ノ通リ十二弗相送リ申候父上ノ忘年忌今
少々ナリトモ差上度クハ申候得共手許都合甚悪
敷候故色々不相済申候得共是ニテ御勘弁被下度候
移住民局ノ方ハ去月役員ノ更迭ト共ニ非職ト相
成リ所々心当リ相尋ネ候得共適当ナル奉公口無之
大ニ困却致居候乍去当「コスモポリタン・ホテル」ヘ相勤メ居候
当家ハ一ヶ月三回日本ヨリ客船着之時波止場ヘ
出張当家ヘ来ル客ヲ連レ来ル事ニテ何ノ造作モ
ナキ仕事有之候食住ハ当ガヒ呉レ候尤モ無給
料ニ有之候斯クシテ一友人ニ当家ニテ小生ニ代リ食事
ヲナシ貰ヒ其人ヨリ月々十弗ヲ得ル事ニテ之ヲ御地ノ
送金ニ充テ居候依テ小生ハ他ニテ食事ヲ致ス事ニテ
一ヶ月七弗余ノ食料相掛リ候ガ此分ハ何トカシテ
働キ出サネバナラズ今日迄ハ移住民局ニテ勤メタルトキノ
給料残リヲ以テ相支ヘ候得共已ニ費ヒ果シタル事ナレバ
他ニ奉公口モヤト相尋候得共適当ノ者無之打過居
候然ルニ(是ハ貴弟マデ申上ゲル事ニテ決シテ母上ニハ御話有之間敷
却ツテ御心配之種ニ有之候故)去ル三月頃ヨリ眼力常ナ
ラズ候ヒシガ去ル十三日田舎ヨリ帰宅後急ニ痛ヲ増シ
来リ為メニ医師ノ診察ヲ乞フ事ト相成リ爾后日々
通勤致候今后一週間位ハ日々出掛ステハ不相成是
レガ為メ大蔵省非常之違算ヲ生ジ来リ候乍
去当時「タコマ」表友人ニ借金ヲ申込中ニ付是サヘ着シ
候ハバ薬料等モ差支無之尤モ其内ニハ全癒可致
候不幸中之幸ニハ医師ヨリ夜間ノ読書ハ禁シラレ
タレドモ昼間学校ヘ通学ハ不苦トノ許ヲ受ケ日々
通学罷居候次第加フルニ此一二日ハ非常ニ具合宜敷
今三四日モ相立候ハバ平常ニ復シ候事ト思候故決
シテ御心配ハ御無用ニ候然レトモ是ガ為メニ医師ニ
何程相払ハズテハ不相成様相成ヤモ難計事ニ有之候
依ツテ貴弟ニ望ム所ハ次便着迄浪花町肴ヤヘノ
月払金払込方御見合置被下度事ニ候友人
ヨリ之借金等ニテ多分間ニ合フベクトハ思候得共
或ハ来月分送金ニ影響ヲ来スヤモ難計事
故次便ニハ何トカ確タル御報ヲナス事ヲ得ベケレバ夫迄
御見合置被下度候眼病之方ハ御心配御無
用ニ御座候
学校之方モ上都合ニテ仝級生十余人ト共ニ昇
級之栄ヲ得愈当十二月ニハ卒業スル事ニ相成候
間御休神被下度候
当時ノ経〔ママ〕画ニテ当十二月迄ニ各借金ヲ月
払ニ致本年末ニ至リ何程之借金相残可申
哉御取調御報被下度大ニ将来之運動ニ関
係有之候義宜敷御察被下度候
別封須藤氏ヘ御渡ヲ相願候
七月十七日
               高野房太郎
岩三郎殿
新聞切抜一葉差入置候

                             




『高野房太郎研究ノート』  『高野房太郎とその時代』既刊分目次  高野房太郎書簡一覧



What's New  総目次(ホームページ)  

    謝 辞  更新履歴  著者紹介

   法政大学大原社会問題研究所    大原社研蔵書・論文等検索  社会政策学会   先頭へ


Written and Edited by NIMURA, Kazuo @『二村一夫著作集』(http://nimura-laborhistory.jp)
E-mail:nk@oisr.org