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《編集雑記》 5 (2002年1月)

ハーバード大学の内紛
Lawrence Summers vs. Cornel West

 時の人コーネル・ウエスト(Cornel West)が、C-SPANの看板番組In Depthに出演しました。Book TV Cornel West In Depth は、月1回、ひとりの作家に、作品について、また自身について徹底的に語らせるインタビュー番組で、聴視者もメールや電話で直接ものを聞くことができるシステムです。11月4日に放映されたデビッド・ハルバースタム(David Halbersta)もなかなか見ごたえがありましたが、ウエストは、今回のハーバード大学内紛の一方の当事者としてはじめてその名を知ったばかりで、どんな人物だろうと思っていただけに、まことにタイムリーな企画でした。2002年1月6日(日曜)の正午から3時間連続、コマーシャルなしの生放送、質問はすべてぶっつけ本番ですから、出演者はたいへんです。なお、タイムリーといっても、彼の出演は1ヵ月以上前から決まっており、問題が表面化したため急遽出演というわけではなかったようです。それに前々日の4日に、サマーズ学長がウエストに謝罪し、事件は一段落したと報じられた後でした。

 ウエストは1953年生まれ、内紛のもう一方の当事者であるサマーズは54年生まれですから、ほぼ同世代です。ウエストはエチオピア系でアフロ・アメリカンとしては9代目だとのここと。オクラホマ生まれですが、主に育ったのはカリフォルニア州サクラメントだったそうです。少年時代は、バプティスト教会とブラックパンサーに強く惹かれたといいます。1974年のハーバード大学卒業ですが、修士と博士はプリンストン大学で取得しています。代表作のひとつRace Matters(1993)は35万部も売れたベストセラーですが、ほかにもThe American Evasion of Philosophy (1984)、The Ethical Dimensions of Marxist Thought.(1991)、Breaking Bread(1991)、Keeping Faith(1993)、Beyond Eurocentrism and Multiculturalism(1993)、Jews and Blacks Let the Healing Begin(1995)、Restoring Hope(1997)、The Future of American Progressivism(1998)、African-American Century(2000) など十数冊の著書をもつ多作の学者です。私はまだ一冊も読んでいないので、その業績を述べることは出来ませんが、2200人のハーバード大学教授の中でたった14人しかいないという"University Professor"〔学部学科の枠を超えてどこでも教えることができる、教授のなかで最も権威ある地位〕であることは、彼に対する高い評価の一端を示しているでしょう。ふだんはAfro-American StudiesとDivinity Schoolで教えているのですが、いまは療養休暇中とのことでした。
Cornel West on Book TV  ダブルカフスの白ワイシャツ、黒の三つ揃いというきちんとした身なりのウエストは、前立腺ガンを患っているということで少しやつれた感じはありましたが、話を始めるとたちまち生気がみなぎってきました。大学教授の話というより、マーティン・ルーサー・キング張りの、語彙豊富でリズムのある色彩豊かな語り口で、それに途中でマイクがはずれるほど大きなジェスチャーでしたが、それがごく自然で違和感を感じさせない個性的な人物でした。話のなかみも、専門の人種問題や哲学ではマルクスを語りニイチェをあげ、聖書を引用し、文学や詩を論じ、音楽ではジャズサックスのジョン・コルトレインとともにブラームス、モーツアルトを好み、影響を受けた人物の一人として同じAfro-American Studiesの先輩たちと並んでセオドー・ローズベルトをあげるという意表をついた発言もあり、3時間の長さを飽かせずに聴かせてくれました。聴視者からの電話やメールに対する回答も説得力がありました。内紛を報じた新聞記事のなかにも、ウエストを大学教授であると同時に弁論家(orator)であると紹介するものがあり、そのなみなみならぬ力量と社会的評価の高さを伝えていましたが、この番組はそれを裏付けてくれました。ハーバード大学のアメリカ黒人研究学科の粒よりの教授陣を、NBA中心のオリンピック代表になぞらえて「ドリーム・チーム」と呼ぶようですが、ウエストはまさに「黒人知識人のマイケル・ジョーダン」ともいうべきカリスマ性をそなえた存在でした。祖父は説教師(preacher)だったそうですが、その話し方は、教壇よりも説教壇の方がふさわしいとさえ思わせました。また彼は最近、Sketches of My Cultureと題するラップのCDを作ったばかとのことで、その収録風景の一部も放映されましたが、ラップはまさに黒人の説教師たちの語りの伝統のなかから生まれたに違いないと思ったことでした。

 C-SPANは、ケーブルテレビ会社の出資によって運営されている非営利会社で、2つのチャンネルをもち、普段は議会中継や記者会見などを流していますが、土日の48時間はひとつのチャンネルを "Book−TV"として、作家と読者との対話番組を中心に放映しています。著名な作家はもちろん、大学院を出たばかりの若い著者たちも登場するなど、へたな研究会よりはずっと面白い話が聞けるので、いずれ本欄でもご紹介しようと思っていたところでした。なお、このウエストのインタビューをはじめ In Depth のビデオは、C-SPANのサイトで購入することが出来ます。関心のおありになる方は、http://www.c-spanstore.com/book-tv-book-tv-2002.htmlにアクセスしてみてください。また、C-SPANのサイトでは他の番組のビデオをダウンロードして、見ることができるようです。まだ私は試していないので、確かではありませんが。

 さて、今回の内紛は、サマーズ学長のもとで、ハーバード大学が今後どのような方向に進むのかを占う上でも、大きな意味をもつ事件であろうと思います。この内紛は、日本でも報道はされたようですが、おそらく詳しい内容は知られていないと思われます。「ハーバード大学の内紛」を表題にかかげながら、長々とウエストについて述べてきましたが、このへんで事件そのものの紹介に移ることにしましょう。

 ことの発端は、昨年7月に就任したばかりのローレンス・サマーズ第27代学長が、10月にコーネル・ウエストと個人的に会い〔呼びつけ?〕、直接、彼の行動を批判したことから始まりました。PBSニュースによれば、この会合でサマーズが問題にしたのは次の4点でした。1) ウエストがラップのCDを制作したこと、2) 次期の民主党予備選挙に出馬表明したアル・シャープトン牧師支持委員会の代表になること、3) 学生に対する甘い採点(grade inflation)問題の解決に積極的でないこと、4) 学術的な本より通俗書を書いていること。以上4点はハーバード大学教授には相応しからぬと、正面切って批判、というより叱責したということです。

 サマーズは28歳という記録的な若さでハーバード大学の正教授になった秀才です。父方のおじがノーベル経済学賞のポール・サミュエルソン、同じく母方のおじにノーベル経済学賞のケネス・アローという、まさにアメリカの経済学界の名門の生まれです。また、1988年にマイク・デュカキス・マサチュウセッツ州知事が大統領選に出馬した際には、経済政策のトップアドヴァイザーをつとめ、さらにクリントン政権では財務長官にもなるなど、政治的野心もなみなみならぬ、民主党主流派の一員でもあります。学長就任後も、クリントン前大統領を呼んでその演説会を開き、彼を讃える紹介の演説をしています。とくに9月11日事件以降「大学人はベトナム戦争の後遺症である軍人嫌いをなくすべきだ。アメリカがテロに対する戦争をすすめている現在は、一般社会とエリートの間にある価値観の溝を埋める絶好の機会となろう。ハーバード大学は死ぬ覚悟のできている軍人や警官を支持する責任がある」といった趣旨の、いわゆる「愛国心発言」をおこない、周囲を驚かせています。
 これに対し、ウエストの方は自ら "a radical Democtat"というように民主党内でも少数派に属しています。彼が先の民主党の大統領予備選でゴアに対抗したブラッドレーを支持したり、次期の予備選への出馬を表明しているアル・シャープトンを支持していることは、同じ民主党系とはいえ、サマーズとウエストの間には考え方に大きな違いがあり、これが事件の背景にあるのではないかと推測されます。

 両者の見解の相違は、アフガン戦争をめぐっても明瞭です。サマーズの愛国心発言の2日前、ウエストは「なぜ平和か? なぜ今か?」と題する シンポジウムのパネリストとしてアフガン戦争を非難し、「戦争によって最初に犠牲になるのは真理であり、第2の犠牲は反対意見であり、第3の犠牲者は市民的自由である。今われわれに何より必要なものは勇気と他人への思いやりである」と発言しています。このウエストのアフガン戦争反対発言を報じた学生新聞『ハーバード・クリムゾン』の記事=West Speaks Out Against Revenge, War Afghanistan はオンラインで読むことができます。ところで、サマーズの愛国発言は、同じ新聞の翌々日号にSummers Speaks Out on Patriotismとして掲載されました。サマーズは、ウエストの反戦発言に触発されて、クリムゾンの記者と会ってこの意見を述べたのではないでしょうか。2つの記事が、ともに見出しに"Speaks Out"を使っているところをみると、編集者はこの2つの記事の関連を明らかに意識していたと思われるのですが。なお、サマーズの愛国心発言の記事を河内謙策氏が日本語訳したものが、加藤哲郎氏のサイトにに掲載されています(http://members.jcom.home.ne.jp/katori/summers.html )。

 今回の内紛について報じた『ハーバード・クリムゾン』の1月4日付の記事で、デビッド・ゲリス記者は、学長の支持派や批判派からの取材にもとづいて、サマーズの個性についてつぎのように報じています。どれだけ当たっているか私には判断がつきかねますが、とくにこの報道にサマーズが異を唱えたということはないようです。

 サマーズ支持派は、「理性的にはっきりものを言うのが彼の流儀だ」といい、彼を非難する者は、「過度に攻撃的で、自己中心的、ほとんど相手に敬意をはらわないのが特徴だ」という。このサマーズ流のやり方は、これまで彼の最大の強みであると同時に最大の弱点ともなってきた。何人もの大学関係者は、こうしたサマーズの個性が、またまた今回の問題を引き起こしたのだと指摘している。学生時代、サマーズは討論会の花形で、あえて異を唱える役回りを異常に好んでいた。こうしたスタイルは短期間でハーバードの教授にまで昇進した若い大学人には向いていたのかもしれない。彼の学内での急速な昇進は、学外でも注目された。しかし、ワシントン政界を卒業した後は、彼のこうした個性はマイナスに作用している。行動的なサマーズは思っていることを率直に口に出すことをためらわず、それが時としては彼の支持者さえ遠ざける結果にもなっている。彼は外交手腕に欠ける(tactless)ことでも知られている。彼の同僚は、サマーズの分析はいつも先見性をもっているが、それはしばしば無慈悲であることと同義になる、と述べている。

 実は、彼が有能である反面、外交手腕が欠如しており、対人関係で問題をおこす傾向があることは、ワシントン時代にもしば論じられていたようです。つまり、傲慢でしばしば相手を傷つけるというわけです。1995年にウオールストリートジャーナルのコラムニストが、「サマーズに謙虚さを望むのはマドンナに純潔を求めるようなものだ」"Larry Summers is to humility what Madonna is to chastity."と言ったことが良く知られています。また彼の部下が「ラリーは目上にはおべっかを使い、目下の者をいじめる」"Larry sucks up to those above him and bullies those below him,"と評した言葉も伝えられています。

 さて、10月の会合でサマーズがウエストを「叱責」したことは、ウエスト本人を怒らせたのは当然ですが、それだけでなく彼の同僚たちをも激怒させました。その結果、ハーバードのAfro-American Studiesの教授が一斉にハーバードを辞めてプリンストン大学に移る可能性が報道されるにいたったのでした。実は、このAfro-American Studiesは、前学長のニール・ルーデンスタインがとくに力をいれて支援し、急速に評価を高めた学科でした。1991年までは同学科は白人の教授が1人で少数の学生を教えているだけの目立たない存在に過ぎませんでした。それが大学の「多様性」を重視したニール・ルーデンスタイン学長の方針でヘンリー・ゲイツ(Henry Louis Gates, Jr.)教授を中心に "dream team"と呼ばれるほどの優秀なスタッフを集め、今では600人もの学生がここに集うほどの急成長をとげたのです。実は、サマーズ学長のウエスト批判には、ルーデンスタインの時代は終わった、Afro-American Studiesを特別扱いはしないと宣言する意味合いもあったのではないか、との観測も流れています。
 ウエストは、もともとプリンストン大学からハーバード大学へ移ってきた人物ですが、プリンストン大学からは同窓生に贈られる最高の賞を授けられており、何時でも戻ってくるようにという "standing offer"を受けているそうです。彼がプリンストンにいた1988年から94年の間に、同大学のAfro-American Studiesがたいへん高く評価されていたこともあって、彼の復帰を望む声は強いようです。ウエストがプリンストンに移ることは、ハーバードのAfro-American Studiesから高名なスタッフが一人抜けるというだけでなく、これを機に他のメンバーも彼と行動をともにする可能性が高かったわけです。このためサマーズのウエスト叱責事件は、学内で大きな反響を呼ぶことになりました。各種の大学評価で、プリンストンはハーバードと激しくトップを競っており、ここ数年はプリンストンの方が高い評価を受けていることも、この問題が注目されたひとつの理由でしょう。
〔参照 U.S. News ranks colleges, National Universities, Doctoral,Top 50

 さらにこの問題は、学外にも波紋をひろげました。なかでも黒人運動の指導者的存在であるジェシー・ジャクソンが1月1日にケンブリッジ市内の教会で、サマーズを批判すると同時に、学長に会見を申し入れたことは大きな意味をもちました。新聞ラジオなどが、こぞって問題をとりあげたのです。また同じ日に、ウエスト叱責の理由に名をあげられていたアル・シャープトンが、サマーズを告訴する意向を表明しました。これに対しサマーズ学長は、ウエスト批判の際、アル・シャープトン支持を理由としたことはないと、事実そのものを否定しました。しかしいずれにしても、新年早々問題は急激に拡大し、放置しておけばとりかえしのつかない事態を招きかねないところまで来ていました。現在のアメリカ社会で、マイノリティの立場に理解がないとレッテルを貼られることは、いかにハーバード大学学長であっても、というよりハーバード大学の学長という社会的に注目される存在であるからこそ、大きな失点となることは明瞭でした。もちろん、大学自体も大きく傷つけられることになるでしょう。結局翌2日に、サマーズは、人種問題をふくむ大学の多様性(diversity)を重視しており、Afro-American Studies Program は大学の誇りであり、現在のスタッフが大学に留まるよう望んでいるとの学長声明を出しました(Statement on diversity at Harvard University)。ついで1月4日、サマーズは、ウェストを含むAfro-American Studiesの教授3人と会って、誤解を招いたことは遺憾であるとしてウエストに謝罪し、これで問題はいちおうの解決をみたのでした。もっともウエストの方は、ハーバードに留まるか、プリンストンに移るかはまだ決めていないと言っているので、まだ余燼はくすぶっているかたちですが。
〔2002.1.8記〕

☆コーネル・ウエストの証言
☆ハーバード大学内紛事件を考える
☆コーネル・ウエストの〈ラップCD〉
〔社会政策学会サイト談話室欄〕☆アイビーリーグのストーブリーグ



コーネル・ウエストの証言

 コーネル・ウエスト=Cornel West  ハーバード大学のサマーズ学長との対立で全米の注目を集めたコーネル・ウエストは、事件について、これまでまったく新聞の取材に応じてこなかったのですが、1月7日、はじめてNPR(National Public Radio)のトーク・ショウに出演し、約20分間、ホストのタビ・スマイリーの問いに答え、事件について語りました。新聞では、今回のように複雑な問題は、正確に報道されないおそれがあるから、取材には応じなかったとのことでした。ようやく当事者の口から、事件の詳細が語られたものとして注目されます。ちなみにスマイリーは黒人のトーク・ショウ・ホストとして人気のある人物だそうですが、実はこれが全国ネットのNPRタビ・スマイリー・ショウの第1回目でした。放送は7日におこなわれましたが、電話によるインタビューは1月4日、サマーズ学長が謝罪する直前に収録されたものです。大学側はこの謝罪で事件は決着したとしているのですが、その後の取材で、ウエストは「解決にはほど遠い、トークショーで述べた考えに変わりはない」と述べているとのことでした。
 前回の「ハーバード大学の内紛──Lawrence Summers vs. Cornel Westに続いて、今回はこのウエストの証言を通じて、この事件の問題点はどこにあるのか探って見たいと思います。なお、このインタビューは、インターネットのNPRのサイトで聞くことが出来ます。今はまだnpr.comのトップページに見出しがありますが、つぎつぎと更新されて行くので、Tavis Smiley Showの「ウエスト・インタビュー」の箇所のURLも記しておきましょう。
http://www.npr.org/programs/tavis/features/2002/jan/020107.west.html
これを聞くためには、オーディオ・ソフトのReal Audioが必要ですが、無料バージョンのRealPlayer Basicで十分です。

 とは言っても、20分もの長い話を聞く時間のある方は少ないでしょうから、主なポイントだけいくつか紹介しておきましょう。
 ウエストがこのインタビューで繰り返し指摘していたのは、10月の一対一の会合でウエストを批判したサマーズの態度でした。対等の人間同士では考えられない侮蔑的(disrespect)なものであったと言うのです。とくにウエストは、サマーズが彼の人間的な誠実さ(integrity)を疑う発言をしたことに大いに傷つけられたと述べていました。
   その一例として、「サマーズは、私がビル・ブラッドレー応援のために3週間休講したと非難したが、そのような事実はない」とし、「私は学生たちに対して誠実であり、26年間の教壇生活で休講したのは、エチオピアで開かれたエイズ会議で基調報告をした時だけだ。母や家族が病気になった時でも休講したことはない。これは私の生き方であり、私の人間としての評価に関わることなのだ。サマーズは私という人間について先入観をもって評価し、非難・攻撃を加えてきた、これは許し難い」と強調していました。
 ウエストはまた、学長がラップレコードを制作したとして彼を咎めたことに対し、「あのCDを聞いた人なら分かることだが、あれはラップではない。さまざまなジャンルの音楽を通じて、自由を求める黒人の運動と関わって生まれた音楽──現代アメリカの重要な伝統についてひろく伝えようとしたものだ」と指摘して、「私は批判は歓迎する。しかし侮辱は許し難い」と述べています。

【その後、このCDを入手して聴いてみました。その結果についてはコーネル・ウエストの〈ラップCD〉に書いています。2002.1.24追記】

 スマイリーが、これは「〈学問の自由〉に関わる問題ではないか。これまでにこうした体験をしたことがあるのか?」と質問したのに対し、ウエストは「私は26年間、ユニオン神学校、イェール、プリンストン、ハーバードで教えてきたが、かつてこうした体験をしたことはない」と述べると同時に「おそらく他の大学などでも、しばしば起きていることではないかと想像される。たしかにこれは〈学問の自由〉の問題であると考える。しかし、今回は自分の人間としての尊厳が傷つけられたことを重視している」と答えています。これは差別を重要なテーマとするアメリカ黒人問題の研究者ならではの発想のように感じました。

 この差別問題に関連して、スマイリーが「貴方がこのような批判を受けたのは、ハーバードで黒人や褐色の肌の教授が増え、彼らがハーバードを代表するように見られているからだという意見があるがどうか」と聞いたのに対し、ウエストは「そういうこともあるだろう。しかし、ハーバードは多様な分野にすぐれた研究者によって代表されているのだ。私がハーバードに来た時、Faculty of Art and Science で黒人でテニュアをもった教授は2人だけだったが、現在は16人に増えている。しかこれは2000人のなかの16人にすぎず、黒人が多数をしめるなどとは冗談もやすみやすみ言ってほしい。ハーバードの黒人教授がメディアや社会的に目立つ存在になっていることは事実だし、それを不愉快に思う卒業生はいるだろうが」と答えています。

 さらに、ウエストは再度「私は批判は歓迎する。しかしサマーズは、私が書いたものを一字も読まずに、ほかの人が言っていることだけで私の業績を云々している。きちんと予習せずに私を批判したことは明らかだ」とも述べています。もしこうしたウエストの発言が事実とすれば、明らかに今回の問題で責任があるのはサマーズの方でしょう。著書を読まずに、その人の学問的業績を評価できるわけはありません。

 インタビューのなかでウエストは、プリンストン大学のシャーリー・ティルマン(Shirley Tilghman)学長の先見性をもった指導力を高く評価する発言をしていました。プリンストンへの復帰については、まだ未決定の状態だとしながらも、もし復帰することになれば、ハーバードの同僚の黒人教授たちも行動をともにする可能性は大きいと思う、とも述べていました。このインタビューを聞く限りでは、彼らがハーバードを去る日はあまり遠くないのではないかと感じました。
〔2002.1.10記、1.12訂正〕


ハーバード大学内紛事件を考える

 今回の事件で、なにより私が疑問に思うのは、なぜサマーズは、学長就任のわずか3ヵ月後に、ひとりの教授の言動をとりあげ、それを一対一の場で批判したのかということです。ハーバード大学全体では2200人もの教授がいるというのに、そのなかでなぜ特にコーネル・ウエストを問題視したのでしょうか。たとえば、そこでの批判点のひとつである採点の甘さ "grade inflation" 問題は、ウエストもまったく反論していないようですから、おそらく事実でしょう。 "grade inflation" 問題は、サマーズが就任後に積極的にとりあげている問題で、学長としての見識をしめしたものといってよいでしょう。しかし、これはまさに全学的な課題であって、特定の教授を譴責すれば解決するといった性格のものでないことも、また明らかです。

 より大きな問題は、サマーズが学長として、ウエストに「第一級の学術書を書くように」と勧告した事実です。これは、サマーズ学長にインタビューしたニューズウィークのコラムニスト、ファリード・ザッカリアが、サマーズ自身の言葉として明記していますから間違いないところです(「But he did confirm that he had "encouraged Professor West to write a major academic book."」 Washington Post, January 8, 2002) 。ザッカリアは「この発言がそんなに怪しからんことだろうか=Is this so scandalous?」 、とコメントしています。たしかにこの言葉だけをとりあげれば、単なる忠告にすぎないと受け取ることもできます。もしこれが、指導教授が弟子に対して、あるいは先輩や同僚が同じ研究分野の研究者に対して述べた言葉であれば、なんの問題もない発言です。しかし、大学の学長が一教授に対し、しかも彼の学内外におけるさまざまな言動を非難するなかで発した言葉であるだけに、これは見過ごせない内容をはらんでいます。
 この「勧告」と同時になされた発言をあわせると、サマーズは、「ベストセラーになるような通俗書ばかり書いたり、CDを作ったり、大統領選挙といった社会活動に時間をさかず、もっと研究に専念せよ」と、ウエストの生き方そのものに対して批判したと思われます。ウエストはさまざまな集会や講演会にゲスト・スピーカーとして招かれ〔ちなみに彼の講演料の相場は1回1万5000ドル〜1万7000ドルだとか〕、かなりの時間を大学以外の活動にさいていることは事実ですから、おそらく一部にこうした批判が存在することは十分考えられます。彼の学問的業績についても「幅は1000マイルにもなるが深さは2インチそこそこだ」と評する人もいるようです。とはいえ学長が一教授に対して一対一の場で「叱責」するとなれば、ウエストの実績についてきちんとした評価をおこなった上でなされるべきでしょう。
 ここですぐ生ずる疑問は、経済学者であるサマーズが、はたして宗教哲学やアフロ・アメリカン研究といった異分野の業績を、的確に評価しうるであろうか、ということです。とくにアフロ・アメリカン研究のように、差別を主たるテーマとする学問について、生まれてこのかた挫折をしらない順調な人生を歩んできたサマーズが理解できるものかどうかも疑問です。あるいは、彼ほどの大秀才になれば、専門外でもその実績を評価する力量があるのかもしれません。かりにそうだとしても、サマーズが、学長就任直後の多忙な3ヵ月間に、16冊あるいは19冊ともいわれるウエストの著作を読む時間的余裕をもちえなかったことは明らかです。ウエストが言うように「一字も読まず」に他人の業績に関わる発言をしたとは、サマーズがもともと研究者であっただけに、すぐには信じられません。しかし、きちんとウエストの著作を読みこなした上での批判でなかったことは、確かだと思われます。
 そもそもこうした問題について、学長が一教授に対して「訓戒」すること自体、「学問の自由」の侵害のおそれが強いと、私は思います。しかし、アメリカ社会では、この点はあまり問題にされていないように感じます。「学問の自由」はあまりにも当然のことであるから、問題にならないのでしょうか。あるいはこうした「忠告」、「訓戒」、「叱責」は学長という指導者の責任であり、その権限の範囲内だということでしょうか。ことによると、反対の声はあがっても、私のところまで伝わってこないだけなのかもしれません。ただ少なくとも、インターネットで、今回の紛争に関連する記事を、『ボストン・グローブ』、『ニューヨークタイムス』、『ワシントン・ポスト』などで検索して読んだなかには、今回の事件を "Academic Freedom" と関わらせて論じているものはありませんでした。多くの記事の焦点は、ハーバードの看板学科のひとつであるアフロアメリカン研究の主要スタッフが、アイビーリーグの競争校であるプリンストンに揃って移る可能性に当てられていました。もっとも、前回のウエストの証言でご紹介したタビ・スマイリーは、今回の事件を "Academic Freedom"の問題としてとりあげていまし、ジェシー・ジャクソンも「学問の自由」の観点から論じていたそうですから、そうした視点が皆無というわけではありませんが。

 私が疑念を抱いているのは、サマーズのウエスト批判には政治的背景があるのではないかということです。サマーズは「私はどの教授に対しても大学外での活動について批判したことはない」と述べていますし(『ハーバード・クリムゾン』2002年1月4日付)、ウエストもあとで紹介するように「政治的背景がないことを願う」と言っていますから、さしあたりは私の個人的な臆測にすぎません。しかし、そう考えないと、今回の事件にはどうにも理解できないところがあります。
 私には、まだアメリカの大学における学長の責任や権限のあり方が十分に理解できていませんが、仮にアメリカの大学では、学長が特定の教授の業績を問題にし、個人的に訓戒することはその権限内のことであると認められているとしても、今回の事件には異常なところがあります。それは、サマーズが学長に就任してわずか3ヵ月後にこの事件がおきていることです。実は就任式が行われたのは10月12日ですから、正式に就任したその月のこと、いわば初仕事なのです。ハーバード大学のような巨大なマンモス大学で、学長が教授たちの業績や言動を、このような短期間で把握できる筈はありません。にもかかわらず、コーネル・ウエストに対し、その学内外における言動をとりあげて非難叱責したのは、かねてからサマーズがウエストを良く知っていたからであることは確かです。もっとはっきり言えば、サマーズはウエストの言動に不快感を覚えていたとしか考えられません。ウエストは、黒人知識人のチャンピオンとして著名であるだけでなく、大統領選挙などでも積極的に活動してきました。サマーズは事実を否定しているようですが、彼のウエストに対する批判点のひとつは、ウエストが次回の民主党大統領候補としてはやばやと名乗りをあげ、準備活動を開始しているアル・シャープトン支持委員会の代表となっていることがある、と伝えられています(『ボストン・グローブ』2002年1月2日付、『ワシントンポスト』1月7日付)。少なくとも、2000年の大統領予備選挙におけるウエストの活動について、サマーズが問題にしたことは、ウエストの証言によって明らかになっています。

 ご承知のようにサマーズはクリントン政権最後の財務長官として、前回の大統領選挙ではアル・ゴア支持で動いていました。もしゴアが当選していれば、サマーズは引き続き財務長官など、連邦政府高官の地位を保持する可能性が高かったと思われます。一方、ウエストは、民主党の大統領予備選ではビル・ブラッドレーを支持し、本選挙ではラルフ・ネーダーを支持して活動しています。アル・ゴア落選の大きな要因のひとつがラルフ・ネーダーの立候補にあったことは周知のところですが、こうしたことからも、サマーズはコーネル・ウエストの言動を不快に感じていたのではないでしょうか。さらに、9.11事件後、サマーズはハーバード大学の教授たちの愛国心の欠如をあちこちで問題にしていましたが、そうした教授の一人として、あるいはその典型としてウエストを思い描いていたのではないでしょうか。アフガン戦争をめぐるこの両者の対立関係は「ハーバード大学の内紛」のなかで紹介していますので、ご参照ください。
 なおNPRのトーク・ショウで、ホストのテビ・スマイリーが、「今回の事件は、大統領選挙などの政治的問題がらみだったのではないか?」と質問したのに対し、ウエストは「事実は分からない。しかし、そうした表現の自由を否定するような行動を、高等教育機関の責任者がとったとは考えたくない。そうではなかったことを強く願っている」と答えていました。

 今回の事件では、コーネル・ウエストが学生から、また社会的にも高く評価されている人物で、しかも元の職場であるプリンストン大学からいつでも戻ってくるようにという"standing offer"を受けていたこと、さらにアフロ・アメリカン・スタディズの同僚たちが揃って行動をともにするという姿勢を示したので、問題は比較的早く解決しました。しかし、これがもし普通の教授に対してなされていたら、どのような結果になっていたか分かりません。そう考えると、一人の指導者に大きな権限をあたえているアメリカの大学制度がもつ問題点のひとつがここにあるのではないかと感じたことでした。
 いずれにせよ、今回の事件においてサマーズ学長が事前に十分な調査をしないまま、ほとんど衝動的に行動したという印象をうけます。少なくとも、その行動がひきおこすであろう結果についての予測が甘かったことも明らかです。そこには、かねてからしばしば指摘されてきた「サマーズは外交的手腕に欠ける(tactless)」というだけではすまない問題があるように感じます。学者として、また政府高官としての実績はそれなりに評価されているローレンス・サマーズですが、はたして大学学長としての適性はどうなのでしょうか。就任からまだ半年余りしか経っていない現在、この事件だけから、その答えを出すわけにいかないことはもちろんですが。
 370年近い歴史を誇るハーバード大学で、サマーズ学長は第27代です。つまり学長の平均在任期間は14年ということになります。いったん学長に就任すると、かなりの長期間その職にとどまるのが当然の慣行になっているわけです。それだけに新たな学長がどのような方向で、どのような指導力を発揮するのかは大きな問題になります。今日のハーバード大学は、単にアメリカの一大学であるというより、世界中から多くの優れた学生を集めている国際的な存在であるだけに〔注〕、その動向は注目されます。
〔2002.1.12記、最終修正1.20〕



〔注〕 2000年秋学期現在、海外からの留学生数は3,330人、うち1,117人はアジア、とくに東アジアからの学生です。日本からは158人で、これはイギリスからの留学生と同数です。 詳しくはHistorical Enrollment of International Students:Fall 1995-2000を参照。



コーネル・ウエストの〈ラップCD〉

 昨1月21日は全国的な休日でした。"Martin Luther King Jr. Day"、つまり1960年代の黒人の公民権運動の指導者であったマーチン・ルーサー・キング(1929-1968)の誕生を記念する日です。実際の誕生日は1月15日なのですが、日曜と続けて連休になるよう、1月の第3月曜が休日に決められています。ほかに生誕を記念して全国的な休日になっているのは、初代大統領のワシントンだけですから、あらためて現代アメリカ史におけるキングの存在の大きさを認識させられる思いがしました。

 とうぜんこの日は郵便も休みだろうと思っていたら、雪の中を小包が配達されてきました。Amazon.comからコーネル・ウエストの本2冊とCDがようやく届いたのでした。1月6日、BookTVをみたすぐあとに注文し、その時には所用日数10日たらずと知らされていましたから、1週間遅れの到着です。Cornel West Race Mattersハーバード大学の内紛で話題となったCDですし、BookTVでも取り上げられたので〔ハーバード大学の内紛参照〕、おそらく注文が殺到したための遅れでしょう。本は、Race Matters(『人種問題』と『人種は重大問題だ』という意味が重なったタイトル)とThe Cornel West Reader(『コーネル・ウエスト読本』)です。The Cornel West Reader前の本は35万部売れたというウエストの代表作、後の本は、ウエストの著作の抜粋を中心に彼自身が編集した本で、これ1冊読めば、ある程度はコーネル・ウエストの業績がわかるだろうと思って注文したのでした。時間がかかる本の方は後回しで、さっそく問題の〈ラップCD〉"Sketches of My Culture"を聴きました。

 これはウエスト自身もくりかえし言っていることですが、このCDは単なるラップではありませんでした。詩とコーラスと語りを通じて、アメリカの黒人、とくに若者に向けて「アフロ・アメリカンが生み出した音楽こそアメリカが世界に誇る文化であること」、「自尊心(self-respect)をもつこと、自暴自棄になって自己破滅の道へ進まないように」、と呼びかける教育的CDとでした。もっとも、単に「教育的CD」に分類してしまっては、この制作にかけたウエストの情熱の部分が伝わらないうらみがあります。あえて誤解をおそれずに言えば、これは「宣伝・扇動CD」です。ウエストの狙いは、自分の本などはじめから読もうとしない黒人の若者に、なんとか自分の思いを伝えたいと考えて、CD制作という手段を選んだに違いありません。BookTVでも「全人口のたった7%をしめるにすぎない黒人男性が全受刑者の50%にも達する現状」を指摘していました。こうした現状を何とか打破したいという気持ちがこめられたCDなのです。一部の新聞は、ハーバードの黒人教授がラップのCDを出したとからかい半分に報道していました。おそらくサマーズ学長も、その記事でハーバード大学の教授には相応しくない行動だと考えたようです。しかしこのCDは、音楽を余技とする大学教授のお遊びなどではなく、真面目な目的をもってつくられたことは明らかです。音楽的には、それほど高いという印象は受けませんでしたが、それでも素人芸ではありません。また、ウエストが単なる学者ではなく、自作を朗読する詩人としても相当な力量をもっていることを知ることができます。

Cornel West CD

 ただ「そんな説明では、CDの中味がさっぱり分からないよ」と、おっしゃる声が聞こえてくるようです。まずは、具体的な内容について簡単にご紹介しておきましょう。全体で10部構成です。
 第1部は"The Journey"と題する導入部です。黒人音楽の歴史が、ウエスト自身の詩の朗読と、バックにつねに流れる打楽器のリズム、それと時々はさまれるコーラスによって描かれます。詩の朗読と語りの中間をゆくウエストのメッセージの内容は、アフリカ音楽の伝統が黒人奴隷によって新大陸に受け継がれ、奴隷がその苛酷な生活に耐えその人間性を支える役割を果たしたニグロス・ピリチュアルの誕生こそ、アメリカに誕生した最初の独自の芸術であったことが宣言されます。さらにそれっをひきついだジャズが、アメリカだけでなく20世紀の世界における、もっとも洗練された音楽文化の創出であったことが断言され、それを生み出した何人かの天才音楽家──アームストロング、エリントン、モンク、コルトレイン、ヴォーンなどの名があげられます。ついでリズムアンドブルース、ヒップホップへと繋がる現代の黒人音楽こそ、アメリカの最良の文化となっていることが説かれています。あるCD批評に「内容的に何も新しいものはない」と批判するものがありましたが、私は、ウエストの語りの響きの美しさ、たった6分間にアメリカの黒人音楽の歴史を自由を求めるたたかいと関連させて描く叙事詩作家としての力量は、なかなかのものだと感心しました。
 第2部は"Stolen King" と題され、黒人が受けた迫害が、コーラスとウエストの語りのかけあいで述べられます。4分10秒。
 第3部の"Elevate Your View" は、ラップを中心にコーラスと語りで、黒人の少年への訴えです。4分45秒。内容は、自尊心をもち自分を大事にするように、自暴自棄になって、暴力や麻薬で自己破滅の道を辿らないようにとの呼びかけです。
 第4部は"3Ms"と題されています。これは60年代にいずれも若くして暗殺された、マーチン(Martin Luther King Jr.)、メッガー(Medgar Evers=ミシシッピーの公民権運動を指導したNAACP のリーダー)それにマルコム(Malcolm X)への賛歌であり挽歌です。この3人の生の声も、ごく短いものですが収録されています。5分。
 第5部の"Frontline"はウエストの語りです。前線(frontline)が街頭ではなく家庭にあることを理解せよという、これも若者の誤解をただすメッセージです。ここでは、またエイズとたたかうフリカの人びと、メキシコの労働者、コロンビアの小作農、イラクの乳児、東チモールやチベットへの連帯が表明されているのも注目されるところです。3分。
 第6部は"N-Word"で、自分たちで"nigger"といった言葉を使うなという、これも若者へ"self-respect"を呼びかけるメッセージですが、ややコミカルにラジオのトークショーの形をかりて述べられます。3分15秒。
 第7部は若者自身に若者の言葉で語らせている"Reflection"です。語っているのはウエストの甥だとか。1分15秒。
 第8部は"70's Song"、ウエストらの青春時代、1970年代の思い出が主としてコーラスで描かれています。4分40秒。
 第9部の"The Finale"では、ふたたびウエストの語りで、自由をもとめ続けた先人の伝統をひきつぎ、たたかい続けることを呼びかけています。2分40秒、第10部はごく短い終章(outro)で"But ya gotta keep on driving"が繰り返されます。10秒。以上総計で35分す。
 ここまで紹介したところで、インターネットでこのCDの一部を聴くことができるサイトを発見しました。
Bet.com "Sketches of a Scholar:" A Q&A With Cornel Westです。Bet.com はアフロアメリカンのポータルサイトだそうですが、ここではコーネル・ウエストが同社の社員の質問に答えるかたちで、CDのこと、9.11事件以後の状況などについて語った記事が掲載されています。それと同時に、彼がハーバード大学でおこなったヒップホップについての講演と、CDのなかから第1部、第2部、第6部と第7部を聴くことが出来るようになっています〔見出しには第8部が出ていますが、実際に出てくる音は第7部です。第8部がいちばん音楽らしい音楽なのに、これはちょっと残念です〕。Windows Media Player と Real Audioの双方に対応しています。これは思いがけない発見でした。これをお聴きになれば、ウエストのCDがどのようなものか、おおかたはご理解いただけるだろうと思います。
〔2002.1.22記〕

【追記】

 なんと"Sketches of my Culture"中心のcornelwest.comがありました。まだCDの購入申し込みのところは工事中ですから、出来たばかりのサイトだと思います。CDの制作・発売元である「4BMWMB, Inc.」のホームページといってもよいでしょう。ここでは、第2〜4部、第6部と第8部をダウンロードすることができます。つまりBet.comとあわせれば、第5、第9、10部以外はぜんぶ聴くことができるわけです。なお、「4BMWMB, Inc.」は「4 Black Men Who Mean Business, Inc.」だそうで、"Sketches of my Culture"の制作会社です。この4人の黒人とは、Cornel West、そのの兄 Clifton West、"Sketches of my Culture"の編曲にあたったDerek 'D.O.A.' Allen、それにMike Daileyで、いずれもウエストが育ったカリフォルニア州サクラメント出身のようです。〔2002.1.25〕



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Written and Edited by
NIMURA, Kazuo

『二村一夫著作集』
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